「ハロー、イギリス。会議から会ってないけど生きてるかい?」

アメリカからの電話に、イギリスは、「なんとかな」とだけ答えた。時刻は夕方5時。今日は日曜日で彼はその時、自宅で紅茶を飲みながらミステリーを読んでいた。フランスと食事をしてから3日立っている。その3日の間も手紙は来た。内容は変わっていなかった。
「用件はなんだ?ちなみに今、遊びでアメリカに行く余裕は……ねぇけどカルフォルニアあたりでヴァカンス出来りゃなぁ」
「相変わらずまいってるみたいだね。あのオッサンも元気かい?」
 元気すぎて困ってる。今度は毎日手紙が来るぞ。俺は死にたい……。そういうイギリスをアメリカは電話越しに、お疲れさまと笑い、 「で、その君の神経衰弱の原因とこの間、仕事のついでに君のことについて電話で話したんだけどね」と切り出した。

「本当に好きらしいよ。君が。可哀そうに、あのオッサンも何でこんな絶対落ちなさそうな人に恋したんだが」
「……余計なこと言うんじゃねぇ。からかう為に電話してきたんなら切るぞ」
「待ってくれよ、そのためにわざわざこっちから高い電話料金はらって電話してるわけじゃないぞ。話は最後まで聞けっていつも言うのは君だろう?」

 じゃぁ、もったいぶらずにさっさと用件を言え、とイギリスがぶっきらぼうに言うと、アメリカは少し、戸惑ったように、沈黙し、ああ、とか、えっとね、と言った。それから意を決したように、「イギリス、なんでフランスが君のああ……殴られたいとか言い出すか聞いたことある?」と尋ねた。イギリスは「聞いたよ。暴力的なお前が愛しいからとか言われたぞ。そのまま大西洋に沈めようと思った」と率直に言うので、アメリカは、困ったように笑い声をたてた。

「本当に恋なら立ち入るのは野暮かなとも思ったんだけどね。君は仕事の電話でも日ごとに、声が疲れてるしTV電話会議で見た顔はやつれてるし、その割に彼は、電話越しでも変に元気だし。同盟国に倒れられても困るから、色々聞いてみたのさ。彼も、君を好きかもしれないと思ったのはつい最近らしいよ。最近って言っても好きかもしれないと思ったのが2年前、確信したのが1年くらい前だって。まぁ確かに君たちの歴史的には最近だよね。これは多分知らないだろ?」
「……はじめて聞いた」
だろう、と言ってからアメリカはつづけた。

「で、その時はフツーに考えて、君は巨乳好きだから、それは叶わぬ恋だし、女の子に乗り換えよう思ってたらしい。ここまでは正常な流れだよ。SもMもない。で、それから一カ月しても彼は君を諦めきれなかった。ここまでも、まぁ俺からしてみれば男もOKの時点でよくわからないけど真っ当。これは君への質問だけど、その頃の彼は君から見て、どうだった?」
 イギリスは逡巡して、多分、何も異変は感じなかった、と答えた。

「だろう。俺もその頃フランスに会ってるけどなんとも思わなかった。ただ、それが変化するのが8か月程前。彼曰く、君たちはいつものように仕事をしていて、いつものように意見が合わず殴り合いのケンカになった。ただ、そこで違ったのは彼がそこで変な喜びを発見してしまったことだ。罵られたとき、少しドキドキしたんだそうだ。殴った時に妙に興奮したんだって。何せ、普段脳内でしか……俺も口に出すのがおぞましいからそれ以上は言わないけど、とにかく好きな相手に触る。触られる。まぁもともと彼は多少Mっ気というか変態の気があったのは君も承知の通り」
「まぁな。何せ、エイプリルフールのときに、俺たちが提案した処罰「裸のまま吊るす・恥ずかしいコスプレ・晒す・俺の戦闘服を着る」のどれも奴を悦ばすことにしからならないという理由で却下になったほどの変態だ」
 全く欧州は大変だね、と半ば本気でアメリカはいった。

「まぁ、そんな彼が、罵られて嬉しいと感じた途端、何かが開花した。とはいえ、流石にフランスも、最初の一カ月は、その喜びはうちにとどめてた。せいぜい、わざと喧嘩を煽るだけで。ただ、まぁそれがどんどんエスカレートいって、どうやれば君がもっと怒るか、というのに方向性がシフトされていったんだ。ついでに多分――これは俺の推測だけど君がそれで余計に怒れば怒るほど、彼は君のことを好きになってたんじゃないかな。変に歪んじゃったんだよ。君は、いつ頃フランスがおかしいんじゃないかって確信した?」
「何か最近つっかかってくんなと思い始めたのは確か半年前。……忌々しくも好きだのなんだの言われたのは……もう3か月前か。その時こいつヤバいと思った。だって「好きだ切り刻まれたい」だぜ、普通にヤバいと思うだろ」

 空は茜色にそまり、西日がイギリスの頬を温めていた。それを熱く感じ、イギリスは立ち上がって、カーテンを閉め、そのままサッシにもたれかかった。それが、どうかしたのか?と聞くと、アメリカは「いやね、」と言葉を切った。

「別に直接どうかする訳じゃないんだけどさ。彼は案外、本当に君のことが好きなんだなと思って。最初、マゾヒストが高じてああなっちゃったと思ったんだけど、違うんだよ。何か説明が長くなったけど、彼の性癖が先なんじゃない。君への思いが先なんだ」

 イギリスは、胃が酸で収縮するのを感じた。明日あたり、本当に安定剤を貰いに医者にかかろうかと、頭の片隅で考えて、自分が相当に追い詰められてるなと思って自嘲した。
「……何が言いたい?」
電話を持っていない左手で顔全体を覆いながら、溜息混じりに聞いた。アメリカが「君ねぇ……」と呆れたようなを出したが、それでもアメリカはつづけた。
「前、会議の後、日本と俺と食事した時に君が言ってたろ。今より少しでもマシな関係になる努力はしたいってさ。今、俺が話したことが訳に立つかどうかはわからないけど、少しでもその手助けになればと思って。それだけだよ」
 イギリスは思わず言葉をなくした。それを知ってか知らずか、アメリカは、ゆっくりと言い聞かせるような声でさらに続けた。

「で。まぁこれは俺の印象だけど……。多分、フランスはさっき言ったような話を他の誰にもしてないんじゃないかな。あれでプライド高いからね、彼。俺なら話したってよく理解出来ないしわからないから大丈夫、と思って話したか、それとも思わず俺相手でも聞かれたら話す位に、彼は彼で追い詰められてたのか……。多分、両方だと思うね。フランスも結構、精神的にやられてると思うぞ」
 イギリスは意識的に自分を叱咤しながらアメリカの話を聞いていた。

「俺には、変わるつもりもねぇつってたぞ、あいつは」
「そりゃ君には、ね。変わりたいとかまでは俺にも分からない。けど彼だってこのままじゃ不幸だろう。今のは別にフランスの肩をもつつもりで言ったわけじゃないぞ」
 わかってる、とイギリスは返した。アメリカは「ならいいよ」と言うだけだった。
「それを知ってどうにかなるかはわからないけど、どうにかなればと思ってる。俺はそれだけさ」
 イギリスは、ずりずりとそのまま壁にそって床に座り込んだ。
「……悪ぃ。もしかしてお前にまで俺、気ぃ使われたのか?」
「まぁね。イギリス。君、自分が今どれだけ酷い声してる自覚があるかどうかしらないけど、流石に少しは心配かな。あとあれから、日本が励ましやれってうるさいし」
 イギリスは声を出して少し笑った。その笑い声で、いつもの悪態をつく程の余裕がない自分を自覚した。素直に嬉しいと感じ、何か心にへばりついた澱が、少しずつ取れて行くような感覚だった。

「……フランスは、お前に口止めはしなかったのか?」
「言いたきゃ言ってもいいってさ。まぁ口止めされても言う気ではあったんだけどね。正直」
「そうか」

 イギリスはしばらく何も言わなかった。アメリカは、うん、とか、そういうことだよ、とか何か言ったが、イギリスに何か言うよう強制したりはしなかた。

「スマン、迷惑かけた。ありがとな。今回ばかりは素直に礼を言ってやる」
「普段は素直じゃないって認めるんだ?」
「うるせーよ。まぁでも、本当、ありがとう。なんか助かった」
「どういたしまして。じゃぁがんばってね。切るよ」

 そう言って、アメリカは電話を切る音が聞こえた。イギリスは片膝を立てた体制でそのまま顔をうずめた。今の自分がどれだけ周りから見て疲弊しているのかを想像してショックだったのと、予想だにしなかった温かさに、あとで、どんな無理難題をふっかけられるかと思いながらも、イギリスはそれから少しだけ泣いた。