休憩室でアメリカがイギリスに「それは気持ち悪いね」と同情していたころ、フランスを引っ張って行ったスペインは別室でフランスの話を聞いて「カウンセラーか分析医に診てもろた方がええ」ときっぱり言った。フランスはそれを意に介した風でもなく、「その必要はないね。俺は俺のことも、あいつが俺をどう思ってるかもよく分かってる。俺のカウンセラーはアイツだよ」と言うだけだった。
「言っただろ?あの俺を見るときの血走った目がいい。ドスの効いた声を聞くと体がゾクゾクする。殴られりゃ感じるし、蹴られるとそれだけでもう勃ちそう。その動作の一つ一つが超絶エロイと思うんだ」
「変態……。お前そのうち殺されんで」

 スペインは長い付き合いのある旧友を心の底から憐れむ目で見た。汚物のほうがましだ、と思った。あとでロマーノに癒されようそうしようと決める。しかしフランスは「そうなったら最高だ」と言った。

「俺を殺そうとするアイツが最高にいい。もっと、もっと欲しくなる。やめられなくなる。俺があいつに好きだって言うだろ?あいつはブチ切れて暴れだす。そしたら俺は、あの骨ばった体を殴るんだ。それだけでもう、今想像するだけでも頭が真っ白になって気持ちいい。毎晩アイツを思ってイケる。あと15分でまた会議だけどな、アイツは俺と目も合わせようとしねぇだろ。でも多分殺気だけは向けてくれるんだ。そうでなきゃ、本当に虫けらみたいにないものみたいに扱うか――」
「自分、いつからそんなドMになったん。俺正直、いくらフランスやいうても友達がこうなるんは悲しいわ」
「さーてね。いつからだったけな。そう昔でもない気はする。ただ、あいつに蹴られたい、ぶちのしたい。罵って罵られたい。背中が真っ赤になって血が出るくらいに踏んで踏まれたい、それだけだ」
「なにがそれだけなんか、俺にはようわからへんのやけど。フランスが男もいけんのはしっとるけど、イギリスものっそ女好きの巨乳好きやん。ましてやオナニーの対象やなんや言われたら、そら無理やろ。妄想で済ませるとか出来へんの?今までの喧嘩やったらあかんの?」

 スペインは天井を仰いだ。その木目を数えれば少し気が紛れるような気がした。とばっちりにも程があるが、一番の被害者には心底同情した。スペインも、イギリスにしてはそれでもこの奇行によく耐えているのだと思う。出来得る限り、今まで通りの腐れ縁の喧嘩にしようとしている。だが、フランスがそれを決して許さない。どれだけ好きだとか、愛してるんだとか、性的にこうしたいんだとかをうっとりと、その癖まるで会議の議題と変わらない調子で話しだすのだ。イギリスは、セクハラを受けた女性が鳥肌をたて、怒るのと同じように怒りその手を振り上げる。それをフランスが喜ぶ。悪循環だ。
これからも、ひょっとするとフランスの奇行が治まらない限り延々とこういうことが続くのかと思ったら、本当にイギリスに殺されるか、ギロチンにかけた方がいいかもしれないと思った。本人も幸せになれるかもしれない、という気がした。
 しかし、フランスは、床を見つめるだけだった。今までとはうって変って「……お前にはわかんねぇよ」と酷く暗い声で言った。わかって欲しいのかどうか聞こうとしてスペインは止めた。ただ、「迷惑なんだけはわかる」と言って俯く彼の横顔を眺めた。

「アイツに」
フランスは自分の腕を抱きながら、殺人者が神父に告解をする時のような震えた声をだした。スペインは神父の代わりに黙ってそれを聞いた。
「冷たい瞳で見られたい。それで熱を持つ俺の瞳を虫でもみるかのように見下されたい」
言葉を吐きながら彼は深く頭をたれた。面倒臭いな、とスペインは思った。
「好きなんだ」
そう言ってフランスは机に両腕と頭を伏せ、スペインから顔を背けた。せめて悪癖が止めばいい。性対象にしてそれから具体的にどうこうして、それからどうしたい、どうしてほしいとか、そういう話をイギリスに聞かせなければいい。それだけの事が酷く困難なことのようでスペインはため息をついた。
 好きなんだ、ともう一度フランスがつぶやいた。スペインは、哀れな子供にするように、その頭をポンポンと2回たたいた。


 会議が終わってから、イギリスは殆ど逃げるようにして日本とアメリカに挟まれて消えて行った。会議中、時々、ちらりと目をやったその顔が酷く疲弊していたのをみて、悪かったなとフランスは思った。会議はそれでもいつもどおり行われた。フランスも疲れを感じ、肩を叩く。ドイツに「話がある」と呼ばれたが、フランスは「説教ならさっきスペインに十分されたよ」と言って笑った。
 それでも押し黙って凄みを利かせるドイツに、フランスは折れて、「悪いとは思ってる」と言った。ドイツが、心配した風に「休暇をとって休んだ方がいいんじゃないのか」と言ったので、少し胸が痛んだ。ケガなら大丈夫だ、とからかったら多分、また怒るんだろうと思い、「そのうち休めたならそうするよ」と言った。別に、ドイツに怒られたいとも殴られたいとも思わなかった。フランスは、自分が思っているよりも身体的にも精神的にもダメージを受けているのに気づき、気分を沈めた。
「わかった。そう怖い顔するなよ。早く、ホテルに帰って美味いディナーを食べ手美味いワインを飲むことにする、よかったら一緒にどうだ、イギリスと一緒じゃねぇならお前も安心だろ。付き合わせて悪いけどな。なんならイタリアもどうだ?」
 そう言って笑うと、すこしホッとしたようにドイツは表情を緩め、「イタリア、今晩はフランスの奢りだそうだ」と声をかけた。フランスは、イギリスと飲みたい、と口から出そうになったのを、未だに痛みの残る頬の痣を抑えるふりをして、こらえた。