ずっと野球をしていたかった。
(でもイギリスじゃ、皆サッカーばっかだ)
 教室の隅で、アルフレッドはこっそりため息をついた。

「なあ、見たか?アルフレッド早速アーサーさんをパシリに使ってたぜ……」
「俺、きのうアイツがアーサーさんのしたとこ、見たぜ。アメリカ人の癖にやるんだな。怖ぇー」

 変なうわさまで流れてしまった。パシリも何も、家まで勝手に迎えにきたのはアーサーの方だ。真っ当な友達ができるか不安になって、また胸が重くなった。
「生徒会もこれで役員二人か」
 生徒会じゃなくて俺は運動部に入りたかったんだ。出来れば、野球部、その野球部がない。

窓から光る日が眩しくて、目を抑える。
本当は、高校も野球の強いところ入る筈だった。親について、イギリスに来る予定はなかったのだ。剛速球でならしたエース。土けむり。砂の匂いの中でかけ回った。グローブの感触が懐かしい。バッテリーのサインを見つめて振りかぶる。
『監督!アルフレッドが!』
 自分と同じ顔をした、捕手が試合中に叫ぶ声を思い出した。
(ああ、やっぱり目が霞むなぁ)

 アルフレッドはメガネをずらして、眉根を揉んだ。失明せずにすんだのは不幸中の幸いだ。せめて。9対9で試合は無理でも、せめてキャッチボールが出来たらいいのに。
 しかし、転入先の学校は外国の恐ろしい不良高。たぶん、彼等にバットを持たせても器物破損にしか使わない。
(舎弟とか言ってたけど、あの人キャッチボールに付き合って……くれなさそうだな)
 先生が黒板に何か書いている。けれど、全くなにか理解できなかった。




 授業が終わって午後12時。生徒会室には「使用中」の札がかかっていた。しかし、開かない。
「え、ちょっと、なんでだよ!今朝の返事」
 いい、って言おうと思ったのに。アルフレッドがガタガタといドアノブを鳴らしてもびくともしない。

「俺を舎弟にする気になったか?」
「舎弟じゃなくて友達に……ってうわ!」

 いつの間にか、背後にアーサーが立っていた。今日も服装だけはまるで優等生然としている。背は低くも高くもない、が体はどちらかというと貧相で、これがアメリカならすっかり弱い男扱いで、映画ならまさしく苛められっ子の対象だ。しかし、そうするには、彼はあまりに人相が悪かった。まるで、悪鬼羅刹のような眼をしている。

「鍵かかってるぜ、そこ」
「アーサー……!驚かさないでくれよ、びっくりするじゃないか」

 しかし、アーサーはそれには答えなかった。代わりに、顔を反らして、耳を少し赤くしながら言った。その声は、少し震えていた。
(うわ、またそんな顔――!!!!)
「それより……さっき言ったのは本当か?」
「え?へ!ああ、その出来れば、普通に友達っていうかさぁ、俺、キャッチボールの相手になっ」
 アーサーはガバっと顔をあげて、いきなりアルフレッドに掴みかかった。
「俺は強い奴がいいんだ!!」
 ぱーどん みー?
 思わず日本人も習う、えっともっかい言ってくれないかな、というフレーズが頭をよぎった。

「じゃぁ、と、友達からはじめていいんだな?」
「は?へ?」
 はじめるって君、と言う前にアーサーは顔を真っ赤にして、よし、よし!と繰り返している。
「と、とりあえず服離してくれないかい?」
「え、あ、わ、悪い!」
 アルフレッド反芻した。

 『惚れたぜ』

 昨日の彼の言葉。それつまり、そういうアレ?ああうん、アレなんだろうな、なんでこの人顔真っ赤なんだろう。っていうか暴力的だし、ああうん、あれ、あれ?ああでも、慌ててるのは、夢とはまた違って感じで悪くな、って俺も落ち着けええええ!!!
 話がややこしくなってしまった――。
 新学期。アルフレッドは、そろそろ空気読むのとかもうやめていいかなと思い始めた。
「から、っていうか、あの、ジャスト友達でいいんだけど……」
 この人本気だろうか。
「って、いけね、朝言ってたいいものをやるよ」
「ねぇ、君話聞いて」
 る?という前にポーン、アーサーが何か投げたのを、アルフレッドはあわててキャッチした。
「生徒会室の鍵だ。受け取れ」

 へ?とアルフレッドは首をかしげた。この人、会長なんじゃなかったっけ?っていうかこんなエキセントリック少年ボーイが会長でいいのかこの学校。
 そんなアルフレッドの混乱を余所に、アーサーはふんぞり返って偉そうに言った。
「生徒会室と俺を、好きにしろ」
 アルフレッドは、ピシ、っと音を立ててと固まった。
「俺に勝ったんだ受け取れ!!」
 ドーン!とアーサーは指先をアルフレッドの前に突き出した。
 いやいや、俺動揺してる場合じゃない!
「い、いらないよそんな権利!」
「んだっとてめぇ、さっき良いって言ってたじゃねぇか!やっぱり俺なんかいらねぇっていうのかよ!」
 ギシギシと二人の押し合いが始まった待った。
「俺が欲しいっていったのはのは友達だよ!!」
「セックスフレンドっていうのがあるだろうが!!!」
 そんなフレンド?!
 揉めている間、ギャラリーまで集まってきた。
 二強がまた喧嘩してるぜ!次はどっちが勝つ!?
「俺は引かねーからな!!」

 アルフレッド少年の運命やいかに。








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