20xx年、NY。
フランス側の要請により、アメリカとフランスの密談が行われた。
「――わざわざ俺の家にまで着て、おいしいコーヒーを入れてくれて有難う、フランス。それからシャンパンも。でも、君がこんな風に俺と話したいなんて何かあるんだろう。用件はなんだい?」
 アメリカは、朗らかに言った。それでも、彼が自宅でもスーツを着ているのは、珍しいことだった。それだけ、この会談におけるフランス側の様相は極めて深刻なものだった。
「いや、たいしたことじゃねぇ、たいしたことじゃねぇんだ……」
 対する、フランスは、酷く暗い面持ちでカーペットを見つめていた。様子が暗いのに、アメリカは少しだけ、片眉を跳ね上げて、フランスの言葉の続きを待った。
「なぁアメリカ」
「なんだい」
 フランスは思い切ったように顔をあげた。
「ドーバーから引っ越すからルイジアナを売ってくれないか?」
「エイプリルフールは今日じゃないよ!」
 マグカップを握ったまま、アメリカはにっこり笑って中指を突き立てた。しかし、フランスは負けじと続けた。
「いいじゃねぇか!ルイジアナは今だって民法はナポレオン法典だし、公用語だって英語とフランス語なんだから」
「あの土地を俺に売ったのは君だろう」
「だから買い戻すって言ってるんだ、こっちは今、欧州にいたら死にそうなんだ!」
「だからエイプリルフールは今日じゃないよ、おっさん。カレンダーも買えない位にやばいのかい?」
「うるせぇな、イギリスと同じこと言ってんじゃねぇ!助けると思って売ってくれよ今引っ越さないと本当にヤバいんだ。お前が何と言おうとモン・サン=ミシェルごと、土地ごと引っ越してやるー」
 血走った目をしたフランスに、ミスターAKYことアメリカは言った。
「君には俺と一緒に読める空気を探す冒険に出ることをお勧めするよ」
「黙れ!お前だって知ってるだろう。なんでそんな悠長に構えてられるんだ?あの欧州二大不憫のイギリスとプロイセンが付き合いだしたって!」
 アメリカは、まるでイギリスがするように上品な両家の子弟じみた仕草でコーヒーをすすりながら、「うんそうだね」と言った。フランスには、その笑顔が悪夢の笑顔に見えた。
「あいつらが付き合うなんて、絶対俺をフルボッコにする気満々じゃねぇか!普仏戦争とフレンチ・インディアン戦争が一遍に来たようなもんじゃねぇか!毎日がワーテルローの戦いなんて俺はいやだ!ごめんだ!なぁ助けると思ってルイジアナに引っ越させてくれよ……」
「やーなこった☆」
 その一言に、フランスは再び絨毯と見つめあった。ぶつぶつと、「これだからゲルマンの血は」と呟いている。アメリカは、少し憐れむように自分の兄貴分を見て、マグカップを置いた。
「そんなに、イギリスとプロイセンがくっつくのが嫌なのかい?君も実はどちらかに恋をしてるとか、そういうんじゃないよね」
 今日もアメリカには理解不能なほどにおしゃれをしている伊達男、フランスは心外だと言わんばかりに、アメリカを睨みあげた。
「……俺は奴等にセクハラはしても、いちゃいちゃはしない。お前はことの重大さが全然わかってねぇ。これは歴史を揺るがす一大事なんだぞ!お前だって、アメリカ、イギリスの一番じゃないんだぞわかっんのか!イギリスにお願いしても、おねだりしてもプロイセンに夢中でドイツの言うことばっか聞くかもしれない」
 そんな、イギリスを想像したら相当気持ち悪かったのか、フランスは船酔いでもしたような顔をしていた。アメリカは顎に手を当てて「んー」と唸り、少し考えてから言った。
「いやでも、彼はそれまでも俺のお願いを全部聞いてくれたわけじゃないしなぁ。別に、これまでも変わらないって言うか、俺としては彼らが幸せだったらそれでいいっていうか……」
 フランスアメリカを珍獣を見る目でみた。
「だってほら、俺のせいで孤独になっちゃったっていうか、だからまぁ一人よりもイギリスが誰かと二人でいるのはいいことだなって。でもこれが。相手が君だった容赦なくフランス製品ボイコットしたけどね!」
 二の句が続かずに、フランスが口を開けたままアメリカを見ると「全くだ」と低い声がした。あごの筋肉がなくなってしまったような表情で、声がした方を見るとアメリカの背後に、暗い顔をしたドイツが「ぬっ」と立っていた。
「もしもこれで、プロイセンがお前と付き合ったと言いだしたなら俺も、いろいろ考えねばならないところだったがイギリスならば仕方があるまい」
 なにが、どうしたかたねぇんだよ、とフランスは突っ込みたかったが、ドイツがぐっと拳を握り、眉間に皺をよせてとうとうと語りだしたのでそれは出来なかった。
「俺は、東西統一以来、プロイセンには……これ以上孤独な目に合わせるものかと思っていたが、恋人ができたとなれば俺も安心だ」 「おい、ドイツお前、泣いてんのか」
 フランスが不審に思って声をかけるとドイツが腹の底から叫んだ。
「当たり前だ!世界で俺だけの兄さんだったのに……。俺のせいで苦労をかけたのはわかっている。だから俺が兄さんを幸せにしたかったんだ、けれど兄さんがイギリスがいいというならば仕方ない」
 20歳のムキムキなゲルマン美青年はアメリカの肩で泣いた。彼らとは1000年程年の差があるヨーロッパの古参のお爺ちゃん、ゴホン、お兄さんは二日酔いのような酷い頭痛と胃痛を感じながら、アメリカが「君の気持はよく分かるよ」と言ったので耳を疑った。
「ドイツはまだいいよ兄さんって呼べる関係なんだから。俺じゃぁ、今更どの面下げて弟なんて言えるんだい?俺に出来るのはせめてお兄ちゃんが少しでも寂しくないように、幸せであることを祈るだけだよ……」
「今、お前、お兄ちゃんって言った」
「うるさいぞ、おっさん!俺の心の中ではいつまでもイギリスはmy sweet heart お兄ちゃんだよ!」
 アメリカは、そういってテキサスをはずして目頭を抑えた。ドイツがそれに同情するようにうんうん頷きあった。フランスは何故か、砂糖を過剰摂取したかのような気分になったが、弟二人の涙話はなおも続いた。
「これが、フランスやロシアだったら製品ボイコットじゃ済まないところだったけど、君のお兄さんなら誠実そうだから安心して彼を任せられるよ。どうか彼を幸せにしてくれって伝えておいてくれ」
「ああ……この間、二人がベルリンでデートしていた時は、スコーピオンズ(ドイツのヘヴィメタルバンド)とブラックサバス(英国バーミンガム発の悪魔バンド)における聖書の哲学について幸せそうに語り合っているのを見て奴にならプロイセンを任せられると思ったのだ。真面目な奴だと」
「いやそれ、どこからそういう判断になるんだよ。単に奴らの趣味のメタルロックについ話してるだけじゃねぇか!お前ら騙され過ぎだお兄さんは奴らが……まぁ真面目だろうけど、どれだけ不誠実でえげつないかよぉく知ってるぞ」
 フランスは、イギリス手製のスコーンを食べてしまったかのような顔をした。
「別にお前に対して不誠実でえげつない分には構わん」
 ドイツが真顔で言ったので、今度はフランスが涙する番だった。
「そんな訳でフランス。君がNYに来る前に、昨夜来たドイツで二人の幸せについてずっと話し合ったんだ。結果として、「世界で一番のお兄様の幸せを見守る会」を結成したから、君にルイジアナはあげられないよ。悪いけど諦めてくれ」
「なんだその気持ち悪い会合は」
 フランスは心の奥底から、やっぱりゲルマンの血なんて嫌いだと思った。
「ちなみに会の名前を付けたのは日本だ」
「ちぃっあの文化侵略国家め!つーかお前らWorld is Mineの替え歌なんて歌ってんじゃねぇ」
『せかーいで一番のお兄様ー!』


 かくしてフランスのアメリカ移住計画は中止となったのだった。