帰りのリムジンタクシーの中で、二人は、顔をそらしたまま無言だった。シートに乗せる指先が、車が揺れると手袋越しに微かに触れた。時刻は12時近い。イルミネーションの景色を過ぎて、ひっそりホテルに降り立つ。正装のままの二人は、静まりかえったロビーからエレベーターに乗り込んだ。イギリスは床を、フランスはエレベーターの天井を見つめた。 まるで軍人のように、一直線に廊下を歩き部屋のドアを開ける。パタン、とドアが閉じるのと同時に二人はお互いの体を押し付けてキスをした。口を離したり舌を伸ばしたりを繰り返しながら、フランスは真鍮のドアノブを探りそのうち鍵を閉めた。深い緑に赤いブドウがプリントされた壁紙が印象的なその部屋には、テーブルと、椅子と、ベッドがあった。しかし、二人はそれらには目もくれず、入口に立ったまま、自分で自分のタイを緩めた。静けさの中に、耳に呼吸音が響いた。低い、一種、狂暴な声でイギリスは「フランス」とだけ、言った。濡れて赤くなった唇を見ながら、癖のあるDJのように、なんだ、とフランスは囁いた。眼があうとすぐに反らして声を出して嗤った。そのままベッドに移動し、柔らかく衝撃を吸い込むマットレスの上になだれ込む。下に抑えられたイギリスのフロックコートに大きな皺が寄った。イギリスは、とうに肌蹴た胸に唇を寄せられながら、フランスの白いタイをはぎ取り、少し乱暴にシャツのボタンを外した。その性急さにフランスは、意図せずして笑ったが、彼が乱暴に自分を叩いたような気がしたので、自分も銀色に鈍く光るジャケットとシャツを脱いだ。裸と裸の胸がすり合わさると、パーティでキスをした時のままの体温を感じてイギリスは眉を寄せた。 ライト、とだけイギリスは言った。まるで、生娘みたいでこの言い方は好みじゃない、と思った。が、顔にはださずに、ただ肌を触れあうのに集中している振りをした。実際、そのほうが大切だった。フランスは、黙って少しだけ、灯りを落した。青色の目と、緑色の目がお互いの喉に剣を突き付ける心地良さで交差した。そのまま、互いの口を開けた。唇と唇をついばんで、舌を伸ばすと、下腹部が熱くなった。股の間に膝を割り込ますと、スラックス越しに芯と芯が触れ合って、喉から声が漏れそうになった。甘い痺れが、波上に口と舌から広がっていった。だんだんと、熱さが辛くなってくる。フランスが、先に口を離して、畜生、と言った。声に、苛立ちと焦りが含まれていた。酷いことを言っているのに、彼の声が、何を言っても、その声質の素晴らしさだけが記憶に残る。 「持ってかれそうになる」 そのセリフにイギリスは嘲笑った。こういう時、自分の唇がどう見えるかを熟知しきった笑い方だった。しかし、フランスは笑われたのが不快だったのか、急にイギリスの乳首を吸った。突然のことに、たまらなくなって、イギリスは手のひらで自分の声を抑えた。腕でなんとなく顔を隠し、唇を噛んでいると、「カマトトぶんなよ」と言って、今度はフランスが笑った。その言いように腹が立って、口を抑えた手を伸ばして彼の背を思い切りひっかいた。その痛みにフランスは顔をしかめたが、スラックスのファスナーを下して、そこに手を突っ込んでそのまま握った。その握られる感触に、フランスが酷く興奮しているのに気づいた。彼は、そのままイギリスを全て脱がせた。部屋の中に流れる濃厚な空気のしで、息苦しい。 「フランス」とまたそれだけ言った。フランスは一度、体を離して、体制を入れ替えた。イギリスは体を下げて、フランスの革ベルトのバックルをはずした。口の中に唾液を溜める。ボクサーパンツをずりさげてから、少し唇を開いて少しだけ含んだ。 吸う。舐める。離す。口の端から、少し唾液が垂れる。また咥えて包んだ。ゆっくりと頭を動かす。う、とフランスがうめいた。その声に、イギリスは腰がうずくのを感じて、静かに目を閉じた。 フランスは、イギリスの頭に手を伸ばした。髪をすくう。決して長くない束が汗にしっとりと濡れている。快感と一緒に男のにおいがした。 喉の奥にまで亀頭を飲み込む。ディープストローク。段々、性急に、激しくなる。その間にずっと、イギリスの髪を撫でるフランスの指が固い頭皮に触れる。その指に、イギリスは脳が侵されていくような錯覚を起こした。舐めているのも混んでいるのは自分のはずなのに、意識が保てずに遠くなっていく。口の中が脈打つ。心臓が早くなって、戦場の太鼓のように轟くのが止められない。頭に触れていた指が頬に映る。イギリスはうっすらと目を開けた。口にくわえてなければ、野暮なことすんじゃねぇ、といったかもしれない。 フランスは小さく、「いく」と言った。その声に、口を離すのを堪えるのが精いっぱいになるほど酷く感じた。口の中のものが一気に膨らむ。苦い味が、爆発みたいに口の中に広がった。そのまま3回くらい、収縮を繰り返した。しかし、大きさは変わらない。一度口を離して精液を飲んだ。苦いはずなのに、まるでアヘンを吸った時のようにおかしな気分だった。眼の前の男もそうだったらしく、イギリスが口の端を拭うこともしないうちに、自分の精液が残る口に噛みついた。互いを抱くと、骨がきしむ音がした。力が強くて痛い。しかし、どちらもそれを気にしなかった。グルッ、と体を回して、フランスはイギリスを下にする。少し体を離した。どこもかしこも白くて赤い。欲しい、とイギリスの唇が動いた気がした。実際何か言ったかはわからないが、口が動いたのは確かだ。互いの息が荒い。そろそろだ。フランスは指を軽く加えて唾液で濡らした。ツ、と彼はそれを後ろに刺した。ごくっ、とイギリスの喉が動く。息を吐いた。酷い焦燥感に襲われる。早く何か言わなければ、何かしなければならないと思う。何を?分からない。彼に聞いても分からないというだろう。互いに、分かり切っているから、それを聞いても無駄なのだ。 ただ、早く。早く。もっと強く。眼の前と体の感覚が相手に奪われていく。中をかき回す指が、早急で自分を見下ろす目が酷く餓えていて哀れに思う。イギリスは下から、見えないナイトテーブルに手を伸ばして、ガタガタと探った。眼薬ぐらいのサイズのケースには言った透明な潤滑剤コンドームを取り出した。指が引き抜かれる感触を、奥歯を噛んで堪える。その潤滑剤を塗られている間に、イギリスは口でコンドームを開けて、相手に装着した。挿れるぜ、と彼が言った。息を切って、「待て」、というと彼は頬を寄せて「ふざけんなよ」と嘲った。 「俺もお前も野暮は嫌いだろ?」 ずっ、差し込まれる。その通りだ。 「違いねぇな」 飲みこむ感覚に耐えて息を吐きながら、イギリスは軽く首を左右に振った。お互いの体を起こして背中を抱く。そういう時は無意識に、時に意識的に、体にのこる傷跡に触れる。Slamberlandの深緑のベッドが二人の体重を受けて酷く揺れた。二人の目に映るホテルの部屋の景色が、ぐるぐると回転しだす。互いの男の、生臭いがなんども顔にかかって立ち眩みのように目の前が真っ白と真っ黒を繰り返す。 「俺、多分お前が好き」 今日の夜、はじめてフランスはそう言った。枯れたところから絞るような声だった。気だるげなそれがシャンソンのように空の肋骨に響く。歌だ。 「好きだよ」 彼は、もう一度そう言った。時に、簡単に彼はそんなことを言う。黙れ、という代わりにイギリスは彼を睨みあげた。痛い。酷く心が痛い。彼が激しく動く。衝撃に耐えようとして、彼の長い髪を引っ掴んで少し抜いた。このままでは俺は枯れる。枯れてしまう。それなのにもっと欲しい。口をあけると、喉から、低い悲鳴が上がった。手を合わせる。同じ大きさの手。ただ、自分の方が細くて少し骨ばっている。これじゃぁ、好きみたいじゃないか、と思う。ぐっと、奥まで入れられた。また、声が漏れる。駄目だ、止められない。 自分がつけているダンヒルのデザイアと彼がつけているディオールのファーレンハイトの匂いが混じる。それから汗。息苦しい。走馬灯みたいに次から次へと何かが奥からこみあげる。ずっと見上げていたはずの彼の身長を追い越したのはいつだろう?覚えていない。追い越すはずだったのは覚えている。 拭えないコンプレックスが酷く感傷的な歌みたいに未だに絡みつく。それは、未だ耳に息を吹き込んでフランス語が腹立たしくて憎い。しかし、気がつくと只管に腕を伸ばして、足を絡ませている。あんまりに可笑しいので、声に出して笑った。それが彼のユーモアだった。そうすると彼は少し嫌そうな顔をした。が、彼の唇に叶わずに吸いついた。唾液が混ざる感触。その間に、嘆息した。 彼の青い目を見る。憎いって言えよ、と言った。それが声になっていたかはわからない。痙攣して、中だけで一度いった。その時は、流石にもう何も隠しようがなくだらしなく縋りついた。けれど、フランスはそのまま止めずに追いたててきた。何故こうなったのだろうと、またみっともなく考える。昨日も同じように、同じこの部屋でこうしていたのを覚えている。記憶は鮮明だ。体のにおいを、今日と同じ香水の匂いとこの部屋の壁紙を覚えている。指がどう動いたか。眼隠しされた時、何を感じたか。いつもと同じ煙草の味。 思い出しているうちに、またやってきそうになる。眼の前の奴の余裕のなさに、本当に腹から笑いがこみ上げそうになる。いった。ハァハァとお互いの呼吸音だけが体に響く。体温が重い。肌がべたつく。フランスは、よくイギリスがやるように眉間に皺を寄せて彼を見つめた。体を離しながら、今度はゆっくりとキスをした。技巧のないキスだった。でも気持ちがいい。 簡単に始末をすませると、そのまま横になった。背中から、彼の腕が回る。肩口に彼の額が当たった。なにか、恨み事を呟かれたような気がした。それを聞かないふりをする。煙草が吸いたい。体が重くて巻きつく腕を跳ねのける気になれない。何か言われるたびに、やる気のない恨み事を、同じように返した。昂り過ぎたせいで声がかすれている。それも、いつものことだった。 いつの間にか寝息が聞こえる。眼の前にある指。それに、指を重ねる。肩に触れて、そっと指の腹で背中を撫でられる。あの感触で、今日も朝目覚めるのだろう。散らかっている、白と黒のフォーマルウェアが目の端に留まった。明日、クリーニングにださんくてはとぼんやりと思う。 彼が眠る横で、イギリスは少しだけ泣いた。 |