ドイツもそうだが、イギリスは秋も深くなると空気は乾燥して肌をさす。回りには足を早め、手に息を吐いて体を温める人もいる。しかし、今、疑念に燃える男ルートヴィヒにはそんな必要はなかった。彼の精密機械のような頭脳が様々な可能性を計算し、ショートを起こしかけていた。ストーキングをするにはドイツの身長は、比較的背の高いイギリス人の中にかこまれても、少々難があった。そもそも、彼らが住む村は人は多くなく、イギリスが振り返ればアウトである。しかしドイツは執念もとい怨念により尾行した。時に他人の家の生垣にその大きな図体を隠しながら。ごく稀に横をとった子供がスコップで彼の背中を叩いたり、昼間からさぼりを決め込んでいる不良少年が警察に電話しようか迷う不信ぶりだったがドイツは気にしなかった。イギリスが真に恋人なのか、どうかを確かめなければならない。案外あの電話ンの主はやってきたのはフランスで、ラヴだのなんだのというのは、彼らにのみ通じる嫌味の応酬かもしれないではないか。 そうでなければどうしてくれよう。彼の思考は不審のマーブル模様と化している。 イギリスは、よくあるようにイヤホンをしながら歩いていた。鼻歌でも歌いそうな上機嫌で、それがまたドイツの不安をあおった。彼は村唯一の教会前にあるバス停で足を止めた。その教会はとても庭が綺麗で、村の人々の散歩コースにもなっている。 ドイツはバス停のベンチの後ろにぴったりと身をかがめながら、一体だれが下りてくるのかを注意深く見守った。一人目は蝶ネクタイをして、頭の禿げあがった老人。なるほど、これならI love youでも心配はいらない。おそらくそれは、彼に対するいたわりの言葉だろうからだ。いやどうだろう。イギリスは変態である。恐らく守備範囲も、ドイツよりは広いだろう。しかし、彼はイギリスの目的人ではなかった。二人目。ほどよいサイズの胸をしたブロンド美人。イギリスは微かに彼女に視線をおくったようだ。あれは、女性でも目で追いそうな美人だから仕方がない。だがこれも違った。最後に降りてきた3人目。これがイギリスの目的の人物だった。イギリスは、その人物とはバス停の前でハグをした。二人は手と手をとって再会を喜んでいる様子だった。相手は、厚いダッフルコートを着ているから確実な事は判断できないが、イギリスと同じような体格、中肉中背の男だった。髪にウェーブは掛っていなく、また長くもなかった。つまりフランスではなかった。しかしその色が問題だった。男の髪は、そう滅多にみないプラチナブロンドだった。イギリスの陰に隠れて、その顔はよく見えない。だが胸の焦燥が答えだった。二人が両頬にキスを交わした時に、男の目が見えた。その色は遠目で紫とも青ともいいづらい、不思議な色をしている。 プロイセンだった。 二人は、ドイツの存在に気づくことはなかった。しかし、彼らは残酷にドイツがその大きな図体をかくしているベンチの前を通り過ぎて行った。背中に手を回し、仲良く楽しそうに喋りながら、彼らは教会へと向かった。まるで、結婚式の下見に向かうカップルのように、それは仲睦まじい姿だった。肩に腕をまわし、時に小突きあう姿は、イギリス本来の姿に見え、またよく知る兄の姿でもあった。しかし、同時に、ドイツの記憶から、もっとも遠く感じられる景色だった。彼の心は、約十秒程、不可解と嫉妬とためらいと悲しみと愛憎で、処理不良になった。ドイツは無意識に、尾行を再会していた。まるで悲しみを燃料に動くアンドロイドのようだった。眉間に刻まれた3本の皺が、彼のとまどいの証明だった。 おりしも、本当に結婚式の下見に来たカップルがいたようで、ウェディングマーチが微かになっている。整えられた芝生に、小さく咲く花々。 前日は雨で、芝生を少しはずれると、泥がぬかるんでいて、生垣の側には大きな水たまりがあった。寄り添って前を歩く二人は離れてそれをよけたが、通り過ぎるとまた肩に腕をまわした。ここはイギリスだったが、ドイツの心は今ロシア並みのツンドラ気候だった。回りのリスも思わず逃げ出すほどの形相で、唇を噛みしめながら、ドイツは教会を歩く二人のあとをおった。二人が何を会話しているのかは、距離があってよくききとれない。しかし、全ての行動が無意識だった。ドイツは、二人が振り向いて戻ろうとした時のことを全く想定にいれていなかった。彼らは仲睦まじく話をしながら、来た道をもどった。ドイツは我に帰り慌てた。二人はお互いに夢中でドイツの存在には気づいてないようだった。目の前には大きな水たまり。一瞬この中に隠れようかと思ったが、それは不可能だ。ドイツは咄嗟に水たまりの横にある生垣にもぐりこんだ。樹の枝と葉っぱがドイツの顔を思い切りたたいた。二人は幸せそうにドイツの前を再び通り過ぎた。緊張の一瞬が過ぎ、そっと生垣からでようとした瞬間、子供と犬が水たまりの前を駆け抜け、ドイツの新しいトレンチコートに泥がかかった。しかも、慌てた拍子で、おもいきり樹の枝で鼻の頭をぶつけた。ドイツは小さく、しかし深い溜息をついた。イギリスとプロイセンはやはり、腰に手を回しながらスキップでもしそうな勢いで歩いている。 未だこそこそと隠れながら歩くには図体が大きすぎるドイツの頭に今浮かぶのは、教会の中、オーストリアの横にスーツを着て憮然として座る自分だった。教壇には、太った牧師がこれから門出を迎える幸福な二人を祝福せんとばかりに聖書片手に微笑んでいる。それに、銀色のタキシードを着た、銀色の髪の男が珍しく少し緊張した様子で立つ後ろ姿。例のウェディングベルが、タンタタターン、となって、こちらは白のタキシードをきたイギリスが涙で顔を濡らすフランスと腕を組んでヴァージンロードを歩き、ドイツの横を通り過ぎていく。イギリスがちらりと振り向いてドイツに微笑んだ。その白い歯がきらりと光り、彼はまた前を向いて歩きだす。オーストリアがイギリスの後ろ姿に向かって似合わない中指をたてた。妄想は悲劇だった。 教会の中で、太めで眼鏡の牧師はよくみればそれはアメリカだった。彼は腕を拡げてにこやかにこう言った。 “Will there be silence, please? If any objection to this wedding, Speak now, or forever, forever hold your peace” 「この場に居る皆さま、ご静粛願いますでしょうか。もし、この結婚に異議があれば今この場で申し立てを。でなければ永遠に、永遠に静かに見守るのです」 そしてドイツは体ごととめにかかるオーストリアの制止を振り切り立ちあがってこう叫んだ。 「そこに居るべきは俺の筈だ!」 その余りの迫力に結婚式の招待客全員が振り返る。ドイツはつかつかと大股で壇上まで歩き、憎く愛しい彼を指差してこう叫んだ。アメリカがぽかんと口をあけていた。 「お前は、お前の横に今いるべきなのが俺だと知っているはずだ。絶対に知っている筈だ!なぁ愛しのダーリン。どうしてお前は俺にむかってこんなことが出来るんだ?ここに居る人々よ、どうか信じてくれ。この男は俺の物だ!」 オーストリアが彼を止められなかったとすすりなく声が聞こえた。相変わらず、イギリスにむかって中指をたてながら。そしていつの間にかYvonne Fair のIt Should Have Been Me に合わせてドイツのバッグでは、イタリア、ロマーノ、フランス、日本、ハンガリーがドイツを励ますようにリズムの合わないダンスを踊っている。ドイツは、壇上から降り、口をあけて立ち尽くす兄の前で拳を握りこういった。 「今ここで横に立っているのはこいつじゃなく俺の筈だったのに!」 そして拳は放たれた。タキシードのプロイセンはその場に倒れた意識を失った。 イギリスも同じく茫然とした表情をしていた。ドイツは悲しげに眼を伏せ、またいった。 「ダーリン、俺の筈だったろう?」 そして二発目の拳が放たれた。花婿衣装のイギリスは教会の真ん中で昏倒した。 そしてドイツは眉間と下ろしたてのスーツに皺をよせ、大声をあげながらその場を後にする。 “It should have been me!” そこにいるべきなのは、俺だろう! まだ何も判明していないのにドイツは泥と葉っぱでよごれたコートと体をひきづって、妄想のなかで絶叫し意気消沈したのだった。 ※ドイツの心の処理能力が回復するまで次の更新はしばらくお待ちください。 |