二時間かけて、ビールを二パイントしか飲まないなんて、そんなのはイギリスじゃ禁酒しているのと同じだ。そう思って、そこがNYだろうが、犬のクソに溢れたパリであろうが、俺はイギリスで――この言い方はおかしいかな、とにかくロンドンやシェーフィールドで飲むと同じだけのアルコールを摂取する。それが、昔、弟と可愛がった奴と飲むならなおさらだ。昔話に花が咲く。そうだろ?
「……君、体中がアルコール臭いよ!それから煙草くさい。まさか、店内で喫煙なんてしてないだろうね?NYでは2003年の3月から――」
「うっせぇな!ロンドンのパブだってとっくの昔に店内禁煙だよ。でかい声出すな。頭に響くだろ」
「二日酔いになるまで飲む君が悪いんだろ!もうちょっと行儀よく飲めないのかい?君は紳士なんだから」
 それから、アルコールが残る日の朝が、こうして賑やかなこともあるのは悪くない。悪くないっていうのは、UKじゃぁ、最高って意味だ。素直じゃないって?あんたが日本人なら、そう言われたくねぇな。
 俺は、ベッドで寝がえりをうちながら、起きろ起きろと騒ぎ立てるアメリカの顔をみた。コイツの「起きろ」はイコールで朝から何か付き合えってことだ。そいつは、映画だったり、ゲームだったり、はたまた酷いとキャッチボールだったりする。俺は、サッカーだったら考えてやらないこともないとかそう言いながら、結局、こいつに付き合ってやる。それが何処の国で開催されたかに限らず、外国での会議の後は、可能ならしばらく休暇をとる。だから、今日だってアメリカに付きやってやれないことはないんだ。
 俺は、奴がこれ以上、デカイ声を上げる前に、投げやりにOkay,Okayと言いながら起き上った。しょうがない、だってアイツの声が俺の鼓膜を破らないためには、起きるしかねぇんだ。そうだろ?
 軽く頭を振って、煙草を探そうとして――ここじゃ吸えないのに気づいて舌打ちをした。アメリカは、フランスが見たら笑いそうな、サイズのデカイ穴のあいたボロのジーンズに、ブラウンとグリーンのボーダーのポロシャツを着てグローブをはめてている。キャッチボールコースか。最悪だ。俺は、ため息をついた。 「……シャワー浴びさせろ。それから朝の紅茶を飲む。それまで待て。いいな」
 欠伸をしたら、自分の酒臭い息がまた酒を飲みたくなるくらいに臭かった。
 俺の様子に、アメリカが舌打ちをするのを見る。あ、可愛いと思った。途端に頭痛がひどくなる。そうして、ボーっとしてると「シャワー浴びるなら、早く行ってきなよ。本当、年寄りは腰が重いんだから!」そう言って、俺を突き飛ばす。Ouch!と言っても笑うだけで、聞きやしねぇ。俺をつきとばした腕は、脂肪と筋肉の塊でやたらしっかりしてる。俺は、それを自分の肋骨の浮くからだと見比べた(上に何も着てないんだ)。そで、俺は多分、耳まで赤くなって――それ以上言うのは残念ながら俺の美学に反する。馬鹿みたいだろ?こいつは、協会に行って告解しなくちゃいけないレベルの罪深い話だ。でも、この場は残念ながら英国国教会の牧師はいないから――心の中で十字を切って、神に祈るんだ。どうか、俺のアホ極まりない恋心が、今この瞬間にこいつの馬鹿力でぶっ壊されますように。



「お前は多分、潜在的なバイだよ」
 熱いシャワーで体をあたためながら、昔言われたことが頭によぎった。
このセリフは、海を挟んだ向こう側に住む「プティ・メルドゥ(矮小なクソ野郎)」だ。いつものごとく、バーで飲んで、二人して可愛い女の子をひっかけながらの、酷い会話だ。俺は、返事の代わりに奴の足を踏みつけてやった。けど――。俺は日に日に追いつめられるばかりだ。
 寝付きはいいが、見る夢は悪夢ばかり。アルコールを減らそうと思っても、気がついたらワインの一本、ウィスキーにジンも全部開けちまってる。そんな様だから、呆れた声でアメリカが言うんだ。
「年より何だから、もっと健康に気を使ったらどうだい?昨日の夕飯もビールとフィッシュアンドチップスだ」
それに俺はこう答える。
「ああそうするよ。これからはハンバーガーとホットドックはやめるんだ。すごく、健康的だろう?」
 で、現実はよくあることで、なかなかやめられねぇんだ。こういうのを中毒っていうんだろうな。
それでも、俺は真面目だから、まっとうに仕事して、あいつと話して、だ。頬にキスだのハグなんぞは誰も気にもとめねぇ。だって身内だからな。俺たちの間にいつだって「事情」があるのは周知の事実だし、それを隠れ蓑にするのは、俺の最も得意とすることの一つだ。
シャワーが体中に滴って、体を温めるのを感じながら俺は考える。
これが、温めてくれるのがあいつだったらいい。
馬鹿。俺のすっとこ馬鹿!!
俺は、恥ずかしくなって、その場にしゃがみこむ。しゃがみこんで、誰が見てる訳でもないのに顔を伏せて、きっと真っ赤にして、白い天井を仰ぐ。つるつるのタイルはなんのトッカリもなくて、まるで俺の恋みたいだ――ってアホか!
抱きたいのか、抱かれたいのか、そんなも全く分からない。俺は、自分の思考を振り切ってシャワーを止めた。
畜生、片思いなんか大嫌いだ。不毛だったらなおさらだ。弟だったのに、なんで好きなんだ?



「休日におしゃれする必要なんかあるのかい?」
 庭に向かいながら、アメリカ「ぶーたれて」そう言った。俺は、別段、服に気を使ったつもりもなく、多分、アメリカ同様、俺もフランスから見たら多分笑われる。なんとなく、自分の格好を見回して――、スニーカーがデザイナーシューズだったことに気づいた。あと、アメリカとの違いがあるとしたら、色目が合うかどうかくらいは気を使ってる。
「お前が少しは気を使え」
 アメリカは、チェっ、と舌打ちする。可愛くねぇ。そう言えば、ナニーや多くの母親達、父親達が言っていた。「小さい時は本当に可愛かったのに、10代になったらなんて憎たらしい!まるでモンスター。こっちを親とも思わない」なるほど、そう言うもんかと、俺は一人で納得する。
 アメリカがいくよー、と遠くで叫ぶ。おれはやる気もなしに「ああ」と答える。アメリカいわく、カナダよりは反応がいいから俺とキャッチボールするのは嫌いじゃないらしい。庭でグローブ片手にキャッチボールなんて、俺は本当に好きじゃない。フランスとテニスしてる方がまだましだ。つーかテニスじゃいけねぇのかって心から思う。
 何度もボールを投げたり受けたりしながら俺は考える。
 なんでコイツなんだろう。コイツなのに。なんで弟だったのに。近親相姦だ。そうでなくてもおかしいだろ。19(見た目が)の青年に貫かれる(?)ことを望む23歳(見た目が)。いい喜劇だ。
「イギリスー!何考えてるの!ちゃんとボール投げてよ」
「うるせぇよ!こっちは眠いんだ」
 お前のことだよ馬鹿野郎。
 ガキなのに。報われないのに。アメリカなのに。弟だったのに。弟なのに。
 ――弟だから?
 そこまでいって、俺は吐き気がして、しゃがみこむ。ボールが俺の頭に当たる。痛いな畜生!
「イギリス!」
「……悪い」
 俺は、コブができた頭を抑えながら、体を伸ばして小さな弧を描いて跳ねるボールをなんとか抑えた。
「大丈夫かい?やっぱりまだ二日酔いで気持ち悪いの?」
 だからさ、そうやって近づいてくるなよ。辛いだろ。泣きたくなるだろ。
 こいつは、まるでイノセントに、俺をのぞきこむ。ああそうだ、俺は、こいつがほんの一時でも俺の弟だったから好きなんだ。笑っちまう。包まれて、優しされて、優しくしたい。愛して、愛されてたい。笑っちまう。笑っちまうよ。
 痛い頭を押さえて、なんとか立ちあがって笑う。
「いや、大丈夫だ」
「本当に?別に年寄りは無理しなくていいんだよ」
「うるせえぇ馬鹿!ほら、投げるぞ」
 死にたい死にたい、と言いたくなるのを堪えて笑う。あいつは、やっぱり頬を膨らませて、ここで倒れないでくれよ!とまた大きな声を出す。俺はこの子供の3倍近く生きていて、やっぱり自慢じゃないが、3倍くらいの恋愛経験があってそれで。ああもう、何を言葉にするべきか。好きだって?ああそれもいいな。
コイツは何を考えてるだろう。でも俺にはその答えが分かる。コイツは、何も考えってないってことが。イタリアほど空気が読めない奴じゃねぇが、多分、コイツは、俺が挙動不審なのはいつものことだって思ってる。酒飲みも、こう言う時は便利なもんだ。気づくもんじゃない。俺の気持ちなんぞ。でも、それはきっと俺も同じだった。
ボールを投げる。投げられる。太陽が高く昇って、軽く汗をかく。心臓が適度に鳴っている。でもきっと、今までの恋愛と同じく辛いのと同じように、今までの恋愛と同じく、俺はきっとそれでもやっていける。「死にたい」って呟いたところで死ぬわけじぇねぇ。全く持って、問題だらけな人生は、全く持って言ったって普通の人生だ。ホモだのソドミーだの言われたところで問題ない。俺が持ってる数々の悪名のリストが新たに更新されるだけだ。
頬じゃなくて、唇にキスをして。違うベッドじゃなくて同じベッド寝る。そんなことを妄想しながらボールを投げる。
そうして、グローブを片手に向き合っていると、本当に、アメリカ人の兄弟か親子になってみたいだ、と俺は思った。