煙草に火をつけて 昔の話です。 歌はあってもロックはなく、廃墟はあってもコンクリートもなく、ただ星だけが今よりおおかった時代の話です。 俺は、まだ物心というものが付いたともいえないクソガキで、襤褸を着てほとんど毎日一人で、海をにらんでいました。 去るものを追い、来るものを拒むのはどうやらこのころからの習性だった様で、俺は血を流しながら必死に自分以外を否定しました。 いいわけをするならば、金の髪に緑の目をしたこの顔そのものが、俺がよそ者とこの土地のものと相の子であった証拠なので、俺はどちらも肯定も否定もできず、自分を守るために己以外をを傷つける方が楽だったのです。 そうして物心たついたころです。 俺よりも少しだけデカイ青い目をしたクソガキが、ひまをもてあまして海を渡ってきました。 俺は自分の中に人が入り込むのは何より嫌だったので(それはそのあとの喪失を思えば軽いものなのです)そいつが好きではありませんでした。いまでも決して好きではありません。 が、認めたくはなくとも、自分より大きいということで、どこかに憧れと尊敬があったことは頷かざるないでしょう。それでも、俺はこのエラそうな身ぎれいな年上を、かけら程にもも信用をしておらず、本能的に、こいつの首をはねない限り己の安穏は保障されないだろうと理解してました。 事実、その後、俺は彼の住む所へ召使いとしてつれていかれました。 聞こえはいいですが、それは奴隷と何が変わりあるというのでしょう。 俺は、自分の力無さを恨むことにして、自分のいるべきところに戻るときには、この場所を必ず燃やそしてやろうと思いながら暮らしていたました。 しかも、青い目をしたクソガキは、人をけなすのが好きだったようで、よく俺をからかって楽しんでいました。これは、本人には確認していないのでわかりませんが、彼は彼で俺に少なからず興味を持っていたように思います。年が遠いとは言いませんが、決して近くなかった割には俺たちはよく一緒にいました。周りに、子供が少なかったせいでしょう。遊んでいた、というわけではないですが、彼は俺によくかまいましたし、俺は彼によくつっかかりました。 それは酒をたしなむようになった今でも余り変わりないかもしれません。 ある日のことです。 具体的に何を失敗したのか、よく覚えていませんが、俺はとにかく何か子供特有の失敗をして、それが彼に見つかりました。 一応でも、彼は俺の上にあたったので、俺の失敗を笑おうと、罰だと言って、彼は俺の体をくすぐりはじめました。俺は、その仕打ちがあんまりだともったので、同じことをむきになってやり返しました。 そのうち、お互いなぜか「変な」気分になって、服を脱いで肌に触れたのを、今でもはっきり覚えています。彼もまだ精通がきていないような年だったにもかかわらず、俺たちは茂みに隠れ全裸で、唇に触れたり互いをなめあったりしました。ただ、なんとなく、この先があるのはわかっていたのですが、俺も彼も体の構造そのものが幼児のものだったので、その先が変わらぬまま、おそらくこれは褒められたことではないということだけを理解し、俺が彼のところにいる間、このことがお互いの口に上ることはありませんでした。 その後、俺は彼の処からでて、お互いに何度ものど元に剣を突きつけ合う関係をつづけて、そうだな、俺が見た目の頃12くらいのときでしょうか。二人で、話をする機会がありました。 俺たちは顔を合わせれば、とにかく喧嘩をする中なのでその時も二人して酷く暴れた記憶があります。お互いにバランスを崩して倒れ、それでもなお掴みかかろうとしました。 しかし、どうしたわけか、俺たちは皮膚を触れあうことを選んだのです。 もうこのころは自慰の仕方もとうに覚えていたので、幼児だった頃とは少々勝手が違いました。その「あと」を知っているのです。 これくらいの年の男というのは、確かに互いに何回射精できるかなどと、馬鹿なことを試すこともあり、俺たちはまさにそうした愚か者だったのでしょう。 当時は彼のほうが俺よりも上背があり、恰好、見下ろされる形になったのは少々屈辱でしたが、本当にしたわけではありません。ただ触れ合って、お互いを見せ合って笑っただけです。 このこともやはり、今でもあまり話題にはしません。俺たちは、電気の明りがともる今でもよく喧嘩をしては傷を作ります。等に俺の背は彼と並び、立場も大してどちらが上ともいえません。 このようなことは、少年のうちにはよくあること、とまではいいませんが、決して、ほとんど見ないというほど珍しい話でもありません。多くの少年は、そうした経験があっても女性の柔らかさを知り、そのころを笑い飛ばして生きています。もちろん俺もその一人です。 ただ、こうして、マッチを擦り、その残り香を嗅ぎながら、紙巻きのタバコを、哀愁を気取ってすえるようになって、ごくたまに、そう、ごくたまに思うのです。 あの頃、海岸に浮かんだ火を思い出しながら、その上にある星に想いを馳せながら、もしあのとき、間違って、どちらかが――俺でも彼でも――なにがしらのかたちで受け入れることをしていたのなら、もしかして俺と彼はいままた違う関係だったのではないのかと。 それは意味のない問いかけです。また俺は、このことに関して深く考えるのは少し怖いのです。 彼に知られたら、なんと思われるかわかりませんし、自分とそのことと彼の関係を真に考えるのは、底のない井戸のふちを覗くような気がして目をそらしたいのです。結局、互いに肝心なことは知らないでいます。 俺には彼がわかりませんし、彼にも俺はわからないでしょう。 俺は昔と変わらず、去るもの追い、来るものを拒んでいるだけかもしれません。 もしくは、俺は、素敵な何かを探し続けるふりをして、本当は永遠に一人でどこか遠くへ行きたいのかもしれません。 ただ、硝煙に似たタバコの火に、その暗い井戸に映る灯火を見て、ふとその時の彼と自分の皮膚の温度を思い出すのです。 昔の話です。 |