「しっかし、噂にゃー聞いてたが、本当にちんちくりんだな。どうみても、奴隷のクソガキにしか見えねぇよ。おっと、失礼、そう怒んなよ。俺はデンマークの奴にもあった事があるが、あいつも荒っぽい。お前さんよりもましといえば、ましだがな。なぁ、坊主よ、他の同類さんと会ったことはあるかい?」
 答えなかった。答えてしまえば、苛々が決壊して、よくない結果になりそうだった。
「俺はな、去年の秋ごろになんだ、あの偉そうな言葉をしゃべるとこにいったんだよ、あの時はお貴族さまたちの小競り合いとやらで、殆ど傭兵として駆り出されたんだ。その時にあっちのお国とやらをみたよ。貴族みたいな形をしてね、いいべべを着てた。お前さんとは大違いのこぎれいな奴だ、あんなんもいるもんだね、最初から、王子様みたいなの。あんまり可愛い顔してるから、一瞬女かと思ったぜ!ああでも、うちのも王様の近くにいるから、そっちが普通なのかな」
 苛々した。
 知るかよ!
 イギリスは大声でそう叫びたかった。
 この男に言われる前から聞いたことがある。自分を国だと気付いた戦士たちが、時折口にするのだ、大陸で見たそれを。
 会ったことはない。しかし、その国の話を聞くのも嫌だった。裕福らしい身なりも、噂にのぼるラテン語の教養も、全てが嫉妬と憎しみの対象だった。
 幸い、戦いの最中だったので、まだ冷静にいられた。子供は目をぎらぎらと光らせて、剣を握る手に力を込めた。流されるな。早くこの場から去らなくては。そのためには、まずこの男を殺す必要がある。  しかし、こうも思わずにいられなかった。
 貴族のなりして、戦わずに見てるなんて、ただのタマなし野郎じゃねぇか!
 どいつもこいつも。
 子供は一閃を奮った。それが致命傷となった。絶命を確認し、また走る。今度は逃げるために走った。逃げることの目的は、いつでも、生きるためだ。走りながら、何を幾つ切ったかは覚えていない。

 今は、まだ。まだだ。せいぜい見下しているがいい。
 けれど、いつか。いつか必ず。俺はつけられた傷を忘れない。
 屈辱も、汚辱も忘れない。奪われたものも忘れない。絶対に、絶対に忘れない。
 何度も味わった苦味を、確認するようにイギリスは息を切った。
 己が何か。なんであるのか。反芻した。その思いは、心臓を通して全身に広がるようだった。
 デーン人の血が混じっているのがなんなのか。所詮、全ては血と圧政の繰り返しだ。それが同居し、溶け込むならばよし、しかし、牙をむくなら別だ。今はその灼熱に耐えている。しかし、甘んじはしない。お前らの血がこの身にながれているというなら、その血でもって俺はお前らを打ちのめす。
 屈辱、嫉妬。それを常に前進する暴性へと変えた。
いつか、俺が牙をむいた時、その気どったタマなし野郎もろとも飲み込んでやる。

 そうして彼らの物語の序章は出会う前からして、はじまっていた。


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一〇六六年のヘースティングスで二人は邂逅する。
 王を亡くした汚れた服をまとったガキからは潮の匂いがした。血と同じ匂いだ。翠の眼をしている。アングル人、というよりは、むしろノルド人のような形をしていると思ったが、この頃にはもうノルマンディーあたりでは混血がすすんでいたので、フランスはさほど気にはしなかった。始めて会う子供は、酷くよどんだ目をしていた。
「蛮族のクソガキ」
 それが、フランスのイギリスに対する最初の感想だった。見下ろすと、イギリスはは狂犬の眼で、生意気にもフランク王国の末裔を睨み上げた。
その島を支配することになった時にフランスは彼に言った。もっとも、フランスの体もまだ子供のものだった。
「今日からお前は俺の召し使いだ」
 返事は?と訊いた。通訳が、何か喋った。呪文みたいな言葉だ、と思った。
 このとき、イギリスが口にした「ウィ」は、他の数多の「ウィ」の中で、最も屈辱的な部類だっただろう。フランスは、そのことに酷く満足した。
 連れ帰り、船に乗せようとしたときに、その餓鬼が口を開いた。
「召し使いっていうのは、奴隷と同じか?」
 フランスは目を丸くした。
「別に、ひとりで寂しいんなら今から奴隷市場にいって、イングランド人の奴隷を買ってもいいぜ」
 気をきかせたつもりだったが、子供はにこりともしないので、フランスは少し気分を悪くした。
 船に乗っている間、始終イギリスは不機嫌そうだった。言葉が通じなくても、からかっているのはわかるようで、何かとすぐにわめいた。それは面白かったが、面倒なこともあった。
 食事のときのことだ。ずっと、頭をかいているのでどうしたことかと思ったら、小さな虫が飛んできた。  ノミだ。
「こら、この馬鹿!かくんじゃねぇ!人の飯ン中にまで入るだろうが」
 言うと、イギリスは目を丸くした。
 どんな生活をしてきたんだ!
 フランスには、殆ど信じられないような気持ちだった。まさか、王の前にもいたのだろうに。
 見兼ねて、食事が終ったあとに、髪を梳いてやろうとすると、イギリスは酷く暴れた。何か喚いているが、どうやら、触られるのが嫌いらしい。通訳が面白がっているのも気に食わない。
「そのボッサボサの頭梳いてやるから、大人しくしろ。お前、召し使いだろ、言う事聞け!」
 ようやく、彼は静かになった。櫛になんども髪の気が引っ掛かって、痛い、とまた喚いた。
 これじゃ、俺が世話係じゃないか。


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「追え、門を閉鎖しろ。逃げたぞ!」
 警備兵が慌ただしく石の回廊をかけた。空気の震えに、松明が揺れる。
 不味い、とフランスは舌打ちした。
 裏切りだ。紛うことなき裏切りである。謀叛である。
 多勢に無勢で、逃げおおせるとも思わぬものを!
 どこで剣を手に入れ、誰を買収したかはわからない。が、時勢の悪さも手伝い、それが余計にフランスを苛立たせた。


 一一〇〇年代も半ば。イギリスは、一人の女傑と手を結んだ。正確には彼の主君と呼ぶべき男が、当時のフランス王ルイ七世の元妻と結婚した。女の名は、アリエノール・ダキテーヌ。彼女は「修道士の如く暗い顔をした男など、陽気に芸術を愛する私に似合わない」という理由で当時の教会に「結婚の無効取り消し」を訴え、事実上の離婚を果たすと、なんと二ヶ月後にはほどなくイングランド王となるアンジュー伯アンリと再婚した。
 この女傑は、その名にある通り、アキテーヌ家の出身で、その土地の女主人であった。この女主人が治める領地は、北のポワティエから南のボルドーまで。二大都市に持つ城は二つ。彼女は端から、フランス王もアンジュー伯も上回る領土を持つ最大の有力者だったのだ。
 これが丸々、イングランドを持つアンリが手にしたのだから、ルイ七世にしてみればたまらない。しかし、簡単に手をだすこともできない。
 イギリスが逃亡を企てたのは、そのややこしい状況下だった。
 元々、イギリスはその以前から「好意には感謝する。しかし、俺が本来居るべき場所はこのパリではない。ブリテン島に戻るというのが無理ならば、せめてイングランド王であり、アンジューを治める伯の下にいるべきではないか」と言いだした。それはアンリが――英国王としてはヘンリー一世が――その領地を相続したことを認可してもらうために、謁見したのを機に何度もフランスの耳に入れられた。しかし、与えられる答えは、決まって「ノン」だ。今すぐに動きがなくとも、王領直下の状況を知るものをアンリの元にやるのは決して、得策とは言えない。
 そして、イギリスは逃げた。


 逃げ切れたところで、ただのお尋ねものの無法者だ!フランスは怒りに髪を振り乱しながら、唇をかんだ。
 下手をすれば、人死にが出る。いや、もう出ているやもしれぬ。もしそうならば、まがりなりにもアンリはフランス王の臣下である。そちらにいったとて、つきだされるのがオチではないか。それとも、そんなヘマは踏まないか。
 もう少し、賢いと思ったが。
 フランスがイギリスを見た時、彼は罪人が如く、警兵に髪をつかまれ、首が交差した二本の槍の前に突き出されていた。火の灯りではよくわからないが、髪と顔が土と砂に汚れ、服には黒い血の染みがついていた。兵が四人、倒れている。
「無様だな。始めてあったときよりも。せっかくここまで来たのに」
 緑の虹彩が、松明に揺らめくのを見た。口が歪んだ。にやりと歪んだ。それは、フランスにはじめて突き付けられた、イギリスの腹のうちに棲む魔性だった。
「首を、」
 刎ねると良い。
 粗野な獣はごく簡単にそう囁いた。フランスは黙って、靴を鳴らして近寄り、その顔を蹴って、唾を吐いた。
「恩知らずが。恥を知れ、犬。所詮、そうして地面をはいずり回るのが似合いだ」
 膝を折って、髪を掴むとイギリスははっきりとフランスの眼を見、そして同じように顔へ唾をかけた。
「警告する。今のうちに俺を殺すといい。俺ごときのせいで、お前は残りの終生、永遠に後悔するぞ。もっとも、首だけになっても、俺はお前のあぎとを噛み砕く」
 絶対に!
 フランスは、頬についた何を馬鹿なことういうのか、とその言葉を笑った。たかが、一領地に何が出来る!


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挑発にフランスがのった。
八月も終わりだった。しかし、朝から微かに雨が降っていて、肌寒いくらいだった。
 この時のイングランド軍は一万二〇〇〇。フランスはイギングランドの四倍以上、四五〇〇〇の軍勢を率いていた。数で遥かに劣るイングランド軍は早朝にクレシー村へと向かい近郊の山で、来るフランス軍を向かい打つべく準備を整えた。中央に騎兵三大隊を、その両翼に山の緩い傾斜にそって二つの弓兵大隊を配置した。騎兵の右翼を、黒太子が担っていた。彼らは全員、追撃の時までは徒歩で戦うように命じられ、実際その通りにした。
 フランス軍が到着したのは、昼過ぎだった。ジェノヴァからの傭兵である弩兵。軍人、すなわち騎士として訓練された馬に乗った貴族たちは気がはやっていた。思い上がった弱小の軍勢に思い知らせる時だ。
 ある物見がいった。
「どうも、イングランド軍の騎士たちは馬から降りている。もしくは、騎士がいないように見える、もはや負け戦とおもっているんじゃなかろうか」
 最初に動いたのは、フランス軍だった。ジェノヴァからの傭兵である弩兵が最初の一矢を放った。
命令はなかった。伝達もなかった。雨に打たれながら、彼らは血にはやり勝利を確信していた。
馬の腹をたたけ。騎士よ、剣を持て。今や、突撃あるのみ!
 そして五十万発の矢尻の洗礼を受けた。


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「バーじゃ年上が奢るつったら従うのが流儀だぜ」
「いまさら、俺とお前で年上も年下もねぇだろう。ティーンのキッズにこっそりアルコール飲ませるわけじぇねぇんだ」
しかし、イギリスは結局、苦い顔をしながら、「ロメオ・イ・フリエタ」と印されたリングが巻かれている葉巻を渡した。一本で、紙巻の煙草が三箱は買えるこの品は、チャーチルが愛したものである。
「じゃぁ、一杯だけ。他は俺が払う」
「何を飲む?」
 既に開いたグラスをみて、フランスが尋ねた。
「任せる」
「ならオールドパルをトゥワイスアップで。どうだ?」
「たゆたえど沈まずの次は、傾けど倒れずってか」
「大事なことだろ?」
 ニッとフランスが笑ったので、イギリスはつられて鼻で笑った。
「オールドパルはいいぞ。なんつったって傾けてもボトルが倒れねぇ。酔っ払っても酒をこぼす心配がない」
「生き汚いと嫌われるぜ」
「お前にいわれたかないね。プライドがあるからこそ、どんな手段を使ってでも生き延びる。違うか?」
 フランスは、イギリスから専用のはさみを借りて、シガーのキャップを切り落とした。ガスライターに炎を灯す。直接、火が当たらないように注意しながら、着火するのをゆっくりと待つ。
「こんなものを吸うなんて久々だ」
 初めの一口をふかすと、二本分の香りが広がった。
「それもまた時勢ってやつだ。そろそろ、次の百年、いや二百年を考えねぇとな。頭いてぇ」
 イギリスはげんなりと言った。フランスは自分の分も注文しながら、肩をすくめた。


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 フランスはどうだったか?
 一言でいって、絶頂期を迎えていた。


「英国に、英国人による英国通史は存在しない。あるのはフランス人ラパンがまとめた英国通史だけだ。リシリューが、アカデミー・フランセーズを作ったのは知っているか?あれは、よりよきフランス語を定め文法を研究し、辞書を編纂するために出来た。イングランドでそんな試みがあるか?ないだろう。それだけあの国は遅れている」
 フランスの説明を、イギリスから亡命していたチャールズ一世の息子、チャールズ二世は興奮気味に聞いていた。イギリスで革命が起きた時に、何人かの知識人がフランスに亡命しており、その中には後にリヴァイアサンをしるし、チャールズ二世の数学教師でもあるホッブスなどがいた。
 傍らのフランス王は、鼻で笑うように、隣国の王子に教えた。
「朕の王権は、神から授けられたものじゃ。王の権利は、常に神から与えられておる。それを奪うてなんとするか。見よ。現在のイングランドは共和制などといっておるが、混乱を極めるばかりではないか」
 王権神授説。これを高らかにとなえ且つ確実に実行した人間こそ、この太陽王と謳われたルイ十四世である。
 彼はバレエを奨励し、体系づけその芸術を高めた。宰相のマザランは、王権強化に反対する貴族によるフロンドの乱を制圧し、国内での威光を高めた。三十年戦争でスペインとバイエルン公に勝ち、フランスの勝利が確実となったのも彼の治世での出来ことである。スペインとはいまだ、争いがつづいているものの、こちらの勝ちはもう見えている。
 長らく神聖ローマ帝国を率いていたオーストリアのハプスブルグ家は最後の宗教戦争に完全に敗北した。戦争後に結ばれたウェストファリア条約の締結会議には、イングランド、ポーランド、オスマン帝国、ロシアを除いた(イギリスがここに含まれていないという事実はフランスの気分を大変よくした)全ての国が参加し、神聖ローマ帝国に死亡証明書を突き付けた。ローマを目指したゲルマン国家は、いまやその名を残すのみであり、帝国ないには三百も公領が乱立し、ハプスブルグ家はただのオーストリア公である。もっとも、未だハンガリーと、ボヘミアを所有はしていた。
 とはいえウェストファリア体制からから、あの「ごろつき」プロイセンが台頭することとなるから、やはり歴史のコインの真価は百年のちでも分からぬと言える。

「私の中には太陽が宿っている。他に類を見ない眩い光が触れるもの全てに善を齎す。太陽は偉大な君主だけが描きうる最上の美と力を与えてくれるのである」

 後にヴェルサイユ宮殿を建てる彼はそう言ったとされる。
 今や、フランスは確実にその文化、立場ともに欧州の頂点として立っていた。これは拾い物としかいうことはできないが、フランスの手のうちには、イングランドに対しての駒すらある。ルイ十四世に憧れの眼を向ける、このチャールズ二世だ。あの不安定な共和制とやらがいつまで続けられるというのか。
そもそも王のいない体制など、まだこの時代前例がないに等しく、想像することすら難しかった。となれば、あの島は時機に、王政復古を迎えるしかないのだ。
「そちが、イングランドに戻った時のため、フランスに居る間よく学ぶとよいぞ」
 ルイ十四世がそう言うと、この王子は深く頷いた。これで、王子がイングランドに戻れば、フランスの傀儡となる。これで、かつてシャルル六世が「宿敵」と呼んだイングランドに楔をさせる。


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 イギリスとアメリカを晩餐会に誘うことにした。
「俺の勝利と和平を祝してってとこかい?」
 あてがわれた部屋の柱にもたれながら、アメリカが言った。表情は笑っていたが、あまり生気はない。
「せっかくのパリだ、久々のフランス料理を食べないなんて損だろう?」
「まぁ、それはそうなんだけど」
「なんだよ、はっきりしねぇな」
 いいよ、いいよ。お前ら。目も当てられない程ぎくしゃくしている。俺このままその美酒に酔っちゃいそう!
 当時、まだ髭を生やしていなかったフランスは、人間で言うところ二十代前後で、この若人は今、その悪食の餌食となっていた。
「もしも、イギリスが」
 名前を口に出すと、喉がつかえる、といった具合に一度アメリカは言葉を切った。
「来なかったらこの会はなしなのかい?」
「いいや、なんなら俺とお前だけでも」
「そうかい。じゃぁ行くよ」
「わかった」
 アメリカの部屋をでると、いっそ駆け出したいほど愉快な気分にひたりながら、イギリスの元に訪れた。ノックしても扉は当然の如く開かれない。が、ここは勝手したる己の城だ。
 フランスが部屋に入ると、イギリスは顔も見ずに開口一番「帰れ」と低く言った。
「嫌だね。随分と素敵なお顔でもう俺惚れそう。裏切られて牢屋に入れられた、狂いかけの囚人みたいな顔してらっしゃる」
 なぁ、そうだろ、犬?
 言われても、イギリスは「うるさい」というだけで、机に足をのせて坐ったまま俯いている。やはり来てよかった。これはもっともっと、追い詰めてやらねば。
「なんだ、しけてんな。せっかく俺が麗しき兄弟の仲直りをと思って、ディナーを用意してやったのに。まぁ、お前が俺の足を舐めて、フランス様今後反省して貴方の奴隷になりますっていったら慰めてやってもいいよ」
 近づいて、耳に息を吹きかけながら尻を触ると、緑の目が静かにぎらつき、フランスの手を払った。
「触れるな。反吐が出る」
「ほー、相変わらず触られるのが苦手でときた。だからお前は自分の手も振り払われるんだよ」
 黙れ!
 イギリスは立ち上がりフランスの襟首を掴んで壁にぶつけた。フランスは、強かに頭を打ち付けたがその痛みやイギリスの怒声に臆することなく、すっと目を細め、内心で舌舐めずりした。
「後学のために教えてくれ。飼い犬に噛まれるっつーのはどんな気分だ?」
 イギリスの毛穴から殺気が膨らみ、常緑の虹彩が敵意に濡れた。危うい均衡で正気を保つ三白眼が、至極フランスを楽しませてくれた。
「馬糞野郎。今度は髪じゃなくてめぇ自身の汚ねぇブツを切り落とされたいか」
「いい加減に口の聞き方を覚えろよ、海賊が。欧州に居場所がなく外に求めてそれすら失った。お前は永遠に独りだ。蛮族の末裔が調子に乗ってこの悲惨な結末だ」
 フランスはイギリスが拳を握るかも知れないと思った。しかし、そうはならなかった。イギリスは驚いたように目を見開き、ふ、と息を漏らした。フランスが不振に思うと、襟首を掴んだまま、片手で顔を多い腹を折って声を上げて笑いだした。獰猛な獣が唸り声を上げるような低い爆笑だった。
――そうだった。
 目に涙さえ浮かべながら、何か悟ったようにイギリスは咳き込みながら言った。
「感謝する、フランス。そうだ、俺はゴートとデーン人の血を引く蛮族だ。野蛮なる海賊だ。犬どころか、手足もない地面と海を這う蛇だ。だが、覚えとけ、世界蛇は大陸を食らいつくし、海を飲み干すぞ」
 ではお前はなんだ?
 英帝国は、その何恥じぬ迫力でもって睦言のように紡いだ。
「フランス、今お前は、本当は俺以上に苦しい筈だ。おつむの軽い王たちの末路が聞こえる。晩餐など開く金がまだ残っていたのが驚きだ。お前の中膿みはもはや切り落とせない程肥大化している。俺の方こそ教えてくれ。カール大帝の血を引きローマを受け継ぐ国が何故、俺ごとき野良犬に執心する?」
 そうすれば、アメリカとの食事マナーもわかるだろ。
 執心。執心か。
 首を掴まれ、軽蔑と嫉妬をたたえた緑をフランスは、同じものをもって見据えた。そして、体の奥底から揺さぶられるような感覚に、息をつきそうになった。
「……殺してやりたいからだよ」
 彼にしては珍しく、抑揚のない口調が、はっきりとイギリスの耳に響いた。
「ああ執着だ。こんなものは醜い執着だ。俺は昔からお前程度に煩わされるのが、不快で不快でたまらない。お前が息をして飯を食い小便を垂れている事が気に食わない。――確かに背は同じになった。だが、その程度で本当に俺と並んだつもりか?ならもっと不愉快だ。今のお前の落ち具合程度じゃ、俺は全然満足しねぇんだ。足りないんだよ。なぁ、もっと惨めにのたうちまわれよイギリス」


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……基本こんなのりで最終的に現代の腐れ縁まで。
まだ誤字修正等はしてないです、すみません(汗