「おい、さっさと入ろうぜ。イギリス、お前何固まってんだ。せっかくの混浴だぜ。カワイコ見てくんだろ。ばあさん達しか、いねぇかもしんねぇけど。まぁそれも旅のおつなエピソード」
 フランスは、浴衣の帯を解きながら言った。
「ダメだ」
 イギリスは固く言った。ばっと身をひる返して、「浴衣きろ。男風呂いくぞ」と早口でまくし立てた。
「えー、何でだよ。和風美人、いいじゃないか。なんだよ。君の体が貧相だからっておじけついたのかい?さっきだって女の子たちが連れだって」
「うっせぇ、アメリカ!そういう問題じゃねぇんだよ。とにかく男風呂行くぞ。うん」
 様子がおかしい、と思った日本が、どうしたんですか?と尋ねた。彼は彼で久しぶりの混浴で、となると少し興奮していたし、控えしてもいいが惜しいきもした。
「見ろよコレ」
 イギリスは親指で、プラスチックのカゴだけが並べられている簡易ロッカーをさした。イギリスが荷物を置いたカゴのすぐその下だ。花の髪飾り。その横にはきちんとたたまれた黒のジーンズ。
「ハンガリーとプロイセンが入ってる」
 えええええええ、とフランスとアメリカが叫びかけるのをイギリスと日本は、静かに!というのがせいいいっぱいだった。

Love Junk Love 1 露天風呂編


「いや、入るぞ。入るだろ。俺達関係ねーよ。混浴だぞ。二人とも、見られる覚悟くらいあんだろ。それくらいで女の子おっぱいをお前はあきらめるのかよ。つーか中にはいって問い詰めるべきだろ、これは」
 フランスは諦めなかった。まるで四月馬鹿やクリスマスの時のようにまがまがしいオーラを放ち始めている。
「野暮だったら不味いだろ」
「ああいやでも、ハンガリーさんはたしか、昔、トルコさんのところにいたころ温泉が混浴だったと言ってらしたような。あるいは」 
「プロイセンが混浴に勝手にはいって来たとか?正義の味方の俺は許さないんだぞ」
「いや、混浴だから入って用が犯罪じゃねぇだろ。それがないこともないといわんが」
 元はと言えば、ただ混浴風呂があるらしいから、しかも水着なしではいるのが正しい混浴らしいから、この際旅の恥はかき捨で楽しもうとおもっただけだった。何故身内がくっついているのかくっついていないのかに懊悩して配慮をしながらこのまま露天風呂にはいるかはいらぬべきか迷わなくてはならぬのか。
「よし、じゃぁここれは整理して考えようじゃないか。さっさと俺はお風呂にはいりたいんだぞ」
「いい提案ですね、アメリカさん。えーと、ドイツさん達の部屋の皆さんで家族みたいにして入るなら、オーストリアさんやドイツさんの荷物もありますよね」
「イタリアのもあるだろうな」
 フランスは少し絶望的な気持ちになった。
「女の子でわーい、恥ずかしいけど混浴、っつーならセーシェルとか台湾とか他の奴らの荷物もある筈だよな。リヒテンシュタインは、スイスが止めるかもしんねーかど」
 イギリスが言った言葉に4人は沈黙した。
 まさか。本当にまさか。
「えーと、その。お風呂、はいりませんか」
 日本は言った。
「あー、そうだな、ヘタな配慮であとあとメシとかで気まずくなるよりは、その」
「うん、そうだな。入るか。入ってあったまろう、そうしよう」
 4人はいそいそと帯をとき、ハンドタオルを腰に巻いて、ボクサーパンツやトランクスを脱いだ。
 入ろう。入るぞ。覚悟を決めて、硝子戸に手をかけると、向うに入っている人が見える。と、同時に4人は昭和28年組の少女漫画の演出法でよくあったように、縦線と共に白目をむいた。
 ハンガリーとプロイセン、当たり前に横に並んでるー!!しかも、いちゃついてるというよりは、もう普通っていうかごく自然っていうか、一緒にお風呂はいった程度じゃ興奮しない2人くらい子供いる感じの夫婦で、それでも一緒にお風呂はいってるってことはセックスレスなんかとは縁がなく今も時々お金のこととかで喧嘩はするけど基本落ちついた互いを良く理解している口に出さずとも愛し合ってることは知ってるし、二人きりの時は必要とあらばそれを口に出すのも辞さない、ようするに最高に仲の良い夫婦って言う感じがヒシヒシとするー!!しかも、OLらしい若い女性の二人連れとか、大学生の男子っぽい3人組でもなく、もう一段上の露天風呂にいる一般の家族づれの子供たちをいかにも可愛いものを見る目で二人して眺めてるから、余計に夫婦感ましてるー!!
 くらいのことを、アメリカ以外は一瞬にして読みとって、癒しのために露天風呂に入るハズがすでにマラソンを終えたように疲れてしまった。
「……入りますか」
 それでも、くっ、なんのこれしき、むしろあの若さを貰わねば!と思った日本は硝子戸を開けた。ガラガラ、と音をたてて、ドアをあけると、乾燥した野の空気と、温泉の湯気が混ざった、露天風呂の独特のにおいがした。プロイセンとハンガリーはその音で視線をあげた。プロイセンは、いつも笑い方で、よう!、と片手をあげた。吐血する、とフランスは思った。お前は不憫だからこそ、皆に、同棲に慕われて愛されておちょくられてる奴じゃなかったの。イギリスはこの辺りの事情は、フランスやスペイン程はよくしらないが、察しの悪い人間ではないので気分が重たくなった。
「こんにちは」
 日本は丁寧に挨拶をした。
「おう。先に入っているぜ」
 言うとハンガリーが少しプロイセンの方に寄ったのを、イギリスとフランスは見逃さなかった。可愛い女の子観察するどころじゃない。お風呂のお湯が白いから、体は見えないが。
「楽しんでらっしゃるようでなによりです」
 この場合、空気を読むにはどの言葉が正解なんだろう、と思いながら湯につかった。つかると気持ちいいもので、自然と手が肩に湯をかけた。慣れているのものある。アメリカは、おー、白いぞー、凄いぞー、と騒いで、どうしたものか、という目をイギリスから向けられていた。
「ええ、本当にいいお湯ですね。わたし、温泉大好きなんです」
 ハンガリーは日本にむかってにっこり微笑んだ。いい笑顔だった。若いって素敵ですねぇ、と日本はおもった。フランスは湯につかりながら、上の露天風呂へとあがっていったOL達の姿を目の端にとらえた。しかし、友人を糾弾するのもわすれなかった。
「で、さぁ」
 フランスは目を細くし、石でできた風呂の壁にもたれかかりながら言った。
 イギリスも、アメリカも、先に入っていた二人の方を見た。
「これはどういうことか、って思う訳よ。説明してくれるかな?二人とも」
 元々温泉の蒸気で、温まっている筈の二人の顔が、さらに赤くなった気がした。二人は一瞬目の端でお互いをとらえてから、「どうって」「なぁ」と困ったように言った。
「まぁ、そのでもこっちも気になるというか、ああでも無理にとはいわないが」
 た。アメリカは自分以外が話題の中心に上ることがきにいらないらいしく、右手と左手で湯をはさんで跳ばして遊んでいるのをパシ、っとたしめながら、イギリスはいたたまれなくなって、二人をかばおうとした。
「いや、そんな、気にされるほどのもんでもねぇ、っつーか、なぁ?」
「なぁ、って私に聞かないでよ。気にされるほどのものかもしれないと思うわよ」
 フランスはなにこの子たち、リア充なの、俺をさしおいて、リア充なの?!と股間にまいた筈のタオルを噛みちぎりそうな勢いなので、日本は少しハラハラしている。ここにあるのは椿くらいで、フランスが普段隠すのにつかっている薔薇はさいていないのだ。
 プロイセンは、あー、と煮え切らないような声をだして空を仰いだ。見ると、星がちっている。オリオン座はどこにいっても直ぐ分るな、とプロイセンは思った。ハンガリーはそれを見て少し気分を悪くした。
「なによ、その煮え切れない感じ。いいわ、あのね、」
 ハンガリーの声にとげがあるのを感じてプロイセンは慌てて身を起して、ハンガリーを止めた。
「いい、俺が言う。ちゃんと俺が言うから」
 え、もう、言わなくても分かっているよ!とアメリカが首をかしげたが、フランスがその横でバカ、これだから若造は、と言った。分かっているかもしれないが、こういうことは言葉でいうのがそれなりに大事な儀式なんだよ、とあとでイギリスがアメリカに言った。
 プロイセンが後から入ってきた4人組に、向き直って3秒。ごくり、日本の喉が動いた。
「まぁ、そういうことだよ」
 ドリフのコントなら全員がずっこけているところですね、と日本は思ったが、それ以上に威力ある肘鉄をハンガリーがくらわしたらしく、ぐはッ、と血の吐く用な音がプロイセンの喉からしぼられた。
「いや、でも他になんていいようがあるんだよ。あー、なんだ、なんていうんだ、俺達は、パートナーなんだよ」
プロイセンの言葉には照れが混じっていた。ハンガリーが少し顔を沈めながら、目だけで彼の顔を見上げていた。
「質問が悪かったら申し訳ない。それはマイネ・リーベじゃなく?」
 イギリスは今後、見誤らないためにいいにくいことだろうが、出来ればはっきりさしてほしい、といった調子で尋ねた。
「そういう事だけど、もう、長いから」
 ハンガリーが照れた。女っていうのはこういうときはいつでも可愛いもんだな、とイギリスはひとごとながら思った。
「結婚するわけじゃなくて、家族とも付き合いがあって、となると本当にパートナーとしか言いようがないんだよ」
恋人というよりはもっといっそ穏やかな。
フランスは、はぁ、と長い溜息をついて、それから体全体を伸ばした。
「まぁ、まさかまさかで、そうかもしれないとはちょっと思う事もあったけど、本当にそうだと思わなかったつーの。お前さんざん俺にからかわれてたくせに。もっとはやくらいえよ!」
「タイミング逃がしたっつーか、今まで誰も聞かねーから」
「あんたがチキンだったんでしょ」
「お前も同じだろ」
 やりとりを見て、日本が苦笑し、いいですね、と言った。湯は温かく、肩から上の空気は涼しく冷たい。その後、しばらく、それぞれが、「言いたくないけど言いたい話」を持ち出して、旅の恥はかき捨て、愉快にすごした。特に、日本が昔、したという「ブラックボックスにいれたいすっぱい思い出」とアメリカが最近おこした若々しい事件は非常に受けた。
 しばらくして、ハンガリーが言った。
「ごめんなさい、そろそろ、のぼせそうで。あがりたいかも」
「いくか?」
 それはさりげないセリフであったが、プロイセンが出した声の音量は、全員に聞こえたが、ハンガリーにだけ届けることを目的としたもので、他の人間が、会話を前提としていなかった。
「うん」
 彼女の返事もそうだった。
「じゃぁ、お先に」
 上がる時に、ハンガリーは当たり前だが、タオルを前にして体を隠し、プロイセンは彼女の後ろに回っていた。上手く、他の人間に見られないように、見せないように隠している。このナチュラルさんめ!とやはり残された者たちは昭和の少女漫画演出の顔つきになったが、まぁそれはいたしかたない。
「まぁ、でもいいんじゃないでしょうか」
「これで混浴を心おきなく楽しめるぞ」
 フランスとアメリカはうんうん、頷いて、そうですね、そうだな、とイギリスと日本が同意した。それぞれの誰かや何かを浮かべながら。ああ、ほら、またあの硝子戸があこうとしている……。

***

おまけ

 女湯、男湯、混浴風呂3つ暖簾が並んでいる。その前に、休憩所をかねた、TVの前にソファと、100円でうごくマッサージ機が3代並んだスペースがあった。壁側には、フルーツ牛乳、コーヒー牛乳、それからもちろん何もはいっていなただの瓶の牛乳が並んだ自販機と、ハーゲンダッツのアイスクリームが売られている自販機がある。ハンガリーはクッキー&クリームのボタンを押した。プロイセンはその後ろで、浴衣の上に部屋にそなえつけられていた男用の羽織をはおって立っている。「あんたは、いいの?」とハンガリーが振り返って尋ねた。「分けてくれれんなら」「いいわよ、全部だとディナーの前には多いもの」ハンガリーは髪をあげていたので、襟足がよく見えた。浴衣にそれがよく似合っている。その時、ちょうど、男湯から、ドイツ、プロイセン、イタリア兄弟が出てきて、混浴から、日本、フランス、アメリカ、イギリスが上がってきた。それから、オランダとスペイン、セーシェルとベルギーはこれから入ると言う格好で、浴衣をかかえやってきた。後ろには、同じく浴衣を抱えたスペインとオランダが見える。
 プロイセンは、ドイツ達の方を振り返って「あ、先、部屋帰ってるぜ」と元気よく言った。ハンガリーは、セーシェルとベルギーの方を向いて「じゃぁ、お先にね」と挨拶をした。二人はならんで歩いていく。部屋の取り方をまちがったでしょうか、と日本が呟いた。
「……お前ら、知ってのたか?」
 イギリスが、セーシェルに尋ねた。
「まさか!そんな、知るわけないじゃないですか!私達だって、出かけましょう、っていったら『ごめん、プロイセンとお風呂はいってくるから』とか言われてびっくりですよ。カジキマグロふってくるかと思いましたもん」
 だよな、とイギリスは言った。アメリカはおかまいなく牛乳を選んでいる。
「え、何がなん?なんかあったん?」
 スペインは首をかしげている。世界がひっくりかえるニュースだぜ、お兄さんくやしい!とフランスはいじけた。それから、自然に視線はドイツとオーストリアに向けられる。
「……あいつら、あれはどういうことなんだよ」
 どういうことと、言われましても、とオーストリアは咳払いした。ドイツは何をいわれているのか、わからない、という風に首をかしげながら、ソファに座るべきかマッサージチェアに座るべきか、それともここは立ったまま話をするべきかに迷いながら、自販機のビールに自然と視線がいった。イタリア兄は、あー、といい弟はお腹すいた、ごはんごはん、おすしおすし!と騒いでいる。
「兄さんと、ハンガリーなら、俺の記憶にある限り、俺が本当小さいころからああだが」  言い寄ったコイツ!!というかおで、読める空気冒険隊以外の顔が、ひくひくとひきつった。それからドイツは、はっとして、という顔をした。だがそれは、他の国々が考えている方向ではなかった。
「ああ、本当に、俺が一番小さいころで、その後は中々みなかったからあまり、そのことについては触れない方がいいのだろう、と思うのだが……俺が言ったのは出来れば内緒にしてくれないか」
 オーストリアが、これ以上はもうおよしなさい、おバカさん!とドイツをたしなめた。ドイツは首をかしげている。
「ああ、やはり不味かったか?」
「色々あったんですよ。昔も、この間も」
 オーストリアはそれ以上何も言わなかった。


 そして彼等から見えない廊下を歩きながら二人は。
「マジ恥ずかしすぎるぜ……」
「あんたが混浴入りたいつったんでしょ」
「だってそんなに機会ないだろ!」
「皆にいうって、いうって、いうって決めたならどうせならとことん、とは思ったけど、血迷っわ。いうのはともかく、これはないわよ。しかもあんた微妙にチキンかますし!」
「結局ちゃんと話たんだから良いだろ!」
「でもはずかしい、ほんっと恥ずかしい」
 手もつながず腕も組まず。それぞれの部屋に入る前に、「じゃ、あとで」と言ってプロイセンはハンガリーの額に軽くキスをした。「ええ、あとで」と彼女は言って、一瞬だけプロイセンの腕をつかみ二人は別々の部屋に入っていった。その挨拶をたまたま、他の一般客で家族に連れられている子供二人が目撃していた。

――「がいじんさん」かな、なんか、カッコいい。家族かな。