「嫌だ」
 イギリスはかたくなに首を振った。シャープは困ったように、顔を歪めた。
「嫌だと言われましても、やっていただかなくては」
「俺じゃなくてもいいだろう。見た目が同じくらいの年の奴ならいくらでも居る筈だ!」
 まるで地団駄を踏んでわがままを言う子供のようだった。品のいい軍服を着ながら、顔を真っ赤にして頬を膨らませる様は、いっそ滑稽とも言えた。
「貴方しかおりませんよ、サー」
 巨体のアイルランド人が、慰めるように言った。それでも、イギリスは苦虫を潰したような顔をした。
「だが……」
「あなたの愛しい国民のためです」
「そこまで言うなら、シャープ、お前がやればいいだろう!」
 声を荒げるイギリスに対し、シャープは神妙に首を振った。
「俺の身長は6フィートです。いくらなんでも無理がある」
「それを言うなら俺だって5フィート8インチはあるんだ。お前と2インチ程度しか変わらない」
 アーサーは噛みついた。シャープはごまかすことに決めた。
「サー。イングランドのためです。つまり、貴方のためなのです」
 くっ、とイギリスは息をのんだ。俯いて強く歯を噛んでいる。やっと、諦めてくれたかとシャープが内心ほっとした時、再びかれは叫んだ。
「だからって女装だと?俺にペチコートを履けというのかお前らは!」
 それは地を這い、血を吐くような声だった。


 事の始まりは、こうだ。
 周囲で追剥が出没するようになった。どうやら、脱走兵による仕業らしい。ジプシー達の荷馬車から、急用でかける貴族の一行まで狙う。実際、自陣への給与までも奪われた。
 本来なら彼等を懲らしめるのは憲兵の仕事だ。しかし、いまは遠く離れた所にいるようだった。ならば、大事にいたる前に自らで打ち倒さねばならない。
「おとりでも使えればいいんだがな。しかし、英国軍の兵ならお前達の顔を知っているものも少なくあるまい。どうするべきか……」
「必ず寄ってくるとも限りませんしね。女でもいりゃ別かもしれませんが」
ハーパーもそう言った。
「女をいかせるのは危ないだろう」
シャープも苦虫を潰したような声で言った。こうした戦争以外の「どうでもいいが捨て置けないこと」でわずらわされるのは嫌いだった。
「下手な奴等にいかせて、脱走されても逆にめんどうだしな。いつかは竜騎兵か憲兵につかまるだろうが、それでも早めに手を打ちたいところだ」
そういって悩む見た目は若い彼を見降ろしてハーパーがふと思いついたように言った。

「サー。あなたが女の格好をすればよいのでは?」

そして話は冒頭に戻る。
「アーサー卿、良くお似合いですよ。……眉毛以外は」
イギリスは恥辱で殆ど震えていた。
「俺達は、馬車で荷物に紛れて隠れています。だから卿もしばらくは、こう、おしとやかに」
イギリスが何か言う前に、ホーガンが「本当に意外とお似合いですな。私よりも背が高いレディとは小憎いですが」と彼をからかった。イギリスは毒気を抜かれて「俺のサイズに合う女もののドレスがここにあったことのほうが驚きだ」と小言を漏らした。絞められたコルセットが苦しく、それ以上言えそうにもなかった。顔を隠すベールレースがゆれ、顔の化粧のせいか、肌が少しかゆかった。
そんな時だった。
「失礼、サー、お話が、っておや随分大きなマダムだ」
その声にイギリスは血の気が引いた。殆ど気を失いそうになった。現れたのは、まだ帰っていないフランス(国を具現化した方)だった。
彼は、その「大きなマダム」がイギリスだとは気付いていないようだった。
「ここの陣に女性は多くいるが、貴女はみたことがない……って」
手を取ってその甲にキスをしようとしてフランスは気づいたようだった。このまま気絶してしまいたいとイギリスは思った。
シャープはどうだったか。
自分の口を押さえながら、思わず笑い出したハーパーの脇を小突いた。
「お前、何やってんだ?女装趣味があったなら早くいってくれよ。俺が特注のドレスを作ってやったのに」
ニヤニヤ笑うフランスに対し、イギリスは白のドレスの中で呻いた。
「いやぁ、そうしてると500年?いや、800年位前か。を思い出すな。その頃もお前は俺とお揃いの女ものの服を……」
「殺す!てめぇいまここで死ね!!」
コルセットで絞められた肋骨から絞りでた息は呪いだった。
「アーサー卿、どうぞおしとかやに!」
ホーガンが言った。
てめぇらあとで覚えてやがれ!
そう叫ぶ青年をみながら、シャープはやっぱりこの方はどうにも嫌いになれないなと、そう思った。