無音だった。ざわめきすらも聞こえない。ステージに向かう道を、スポットライトが照らしていた。その明りを頼りに歩く。一直線に。ブーツの踵が、一歩、歩くごとにカツン、カツン、と硬い音が鳴らす度に胸が緊張した。歩きながら呼吸を整える。足音と、自分の呼吸の音だけが酷く響いている。ステージの中央で立ち止まると、踵がなる音が止んだ。次の瞬間、ライトが一斉にアーサーの方を向いた。熱い。サングラスの下の目を閉じる。明けると、無表情な観客たちの顔が飛び込んできた。その衣装も含めて、マトリックスのネオにでもなった気分で、アーサーは静かに音楽が鳴り始めるのをまった。 鳴った。その曲は鼓動のリズムではじまる。g アーサーは動いた。 心臓よ、裂けろ。 You let me violate you 黒いコートのジッパー引いた。頭の中で声がし始める。 You let me desacrate you 観客がFuck me!と叫ぶのが、その頭の声と混じった。そのプロモーションビデオが動物虐待と淫猥であることを理由に放送が禁じられた音楽を背景にアーサーはサングラスの下の目で、人を探した。探しながら、黒い革の手袋をした手でポールに触れた。 You let me penetrate you そのポールを握り、腕の力で自分の体を一気に持ち上げた。回ると、コートの裾が広がった。 Help me! サングラスを外して投げた。とたん、目的の人物が目に見えた。青い目の不精髭をしたブロンドの男。目があった。口元に薄い笑いを浮かべ、指を噛みながらその男はアーサーを眺めていた。それを見た瞬間、脳が溶けて、液体になったような感覚に襲われた。その感覚にうかされながら、アーサーはポールにまとわりついた。体をさかさまにして、ポールを掴む力を少しだけゆるめるて加工するのは、香港映画のワイヤーアクションに似ている。着地と同時に開脚した。彼のストリップは踊りというりょり、東洋の武踏じみいていて、どこか禁欲的だった。 I want to fuck you like an animal! アーサーはジッパー降ろした。翻ったコートが宙に舞う。ステージからは、一瞬、姿が見えなくなるこの演出が決まる瞬間がアーサーは好きだった。ライトの熱に耐えながら曲のサビに合わせて体を動かすと、まるでコークを決めたときのように気持ちよくなる。 アーサーは音に合わせて歩きステージを降りて観客の方に向った。裸の上半身に、何本もの手が伸びてきた。 豚。この豚どもが。そう耳に吹きこみ、頬を殴った。アーサーは、時に伸ばされた手に唾を吐いた。 彼は、ゲイバーのストリッパーとしてまだ一流ではなかった。一流になる、見込みのあるストリッパーだった。餓えた若い獣か、手負いの猛獣のような自分の目が観客を煽るのをアーサーは理解していた。その、一種若い子供の残酷さで、観客を小馬鹿にしている。 バックミュージックのプロモーションビデオにもあるような、拘束されて吊られたときと同じような動きをしながら、右の手袋を脱いだ。レザーパンツと彼の体の隙間に一番多く札束をねじこんだ人間がそれを受け取る。ついで左の手袋。 I want to fuck you like your animal! バックミュージックと同じ歌詞を何人もの観客が歌う。アーサーは振られた札束枚数に応じてその客の前で踊った。レザーパンツのジッパーをおろし、その手を導いて中を触らせる。レザーの下は、何もはいていなかった。慣れた客は、上手い。性器にはもともとオイルを塗ってあったのでよく滑った。 客の興奮した息を聞きながらアーサーはもう片方の手を、自分脇腹に滑らせた。どういう目線をはわし、どう動けば、どう見えて、どう反応するのか。それが彼にはなんとなくわかった。 その間も、アーサーの目は時折、例の青い目の男の方に向いた。彼はオーナーだった。店のではない。アーサーのだった。名前はフランシスと言う。緩いウェーブのかかった髪を束ねている。そのフランシスが今度はアーサーを読んだ。振られる札束。今日一番の高額だった。それを羅針盤に、アーサーはブーツの音をリズムに合わせて、カツカツと鳴らしながら歩く。常連は、その不精髭の男がアーサーの上客だ、と理解していた。 「アーサー」 男が言った。何がしたいんだ?とアーサーはその耳元に囁いた。彼は笑うだけで返事をしない。ただ、ほんの少し、指先でアーサーの腕にふれた。それだけで、電流が走ったような感覚に、殆ど倒れそうになった。アーサーは、先ほどと同じように、彼の手を取って、ジッパーの中に招き入れた。フランシスの手が、アーサーの竿をつかんだ。奥歯を噛んで、声を出すのを堪えた。残りの手が、アーサーの汗ばむ背を指でなでた。目の前がチカチカした。身じろきしそうになるのを堪える。バックミュージックのNINE INCH NAILSのCloserが最後のキーボードの音をはじくのを聞きながら、アーサーは黙ってその長いまつげの目を閉じた。次の音楽なった。その音楽に合わせながら、彼の顔に指で触れた。しながら、フランシスがアーサーの亀頭をいじった。いかされる、と思った。一番の高額を出した彼には、その権利があった。 アーサーは、フランシスがそのつもりなのを知っていた。それが怖かった。快感に流され、自分は声をあげしまうんじゃないか?体を振り、腰を振り、ストリップ会場であることもわすれて溺れてしまうんじゃないか?今ままで、何度も同じことを繰り返し、そんなことは起きたことがないのに、アーサーはどうしてもそら恐ろしかった。 「ッ――!」 指が中に入ってきた。一本。長い。かきまわされると、それでくも口を開けてときには会話をしなくてはならないのが苦痛だった。いつも内容はよく覚えていない。毎回、そう変わり映えのしない、今日はいくら稼いだ?とかだ。 二本になる。怖い。椅子に座って、足を組んだ男は、涼しい顔で「どうした?」とアーサーに聞いた。アーサーは、彼の顔に首に腕を巻きつけながら、上半身をくねらせる。それが躍りなのか、ただ快楽でそうしてしまっているのかよく分からない。自分は今、どんな顔をしているのだろう?それも怖い。とにかく怖かった。 次の瞬間、いかされた。彼の手が汚れる。この瞬間は、しなだれて彼の体に体重をかけるのが許された。 精液のついたままのフランシスの手が、酷く優しくまだ紅潮したを頬なでた。自分の息の荒さを煩わしく思いながら、アーサーはフランシスの銀色に見える青い目をみた。 「今度は、ステージで一人でしなさい」 アーサーは目を閉じた。長い金色のまつげが揺れる。 小さく「はい」と彼は答えた。 |