4月 〜Cお花見その1〜 スト研には新入生歓迎行事の一環として、お花見がある。大学からほど近く歩いて行ける距離にある公園や、花見の名所として名高い台東区上野公園や新宿の代々木公園などはおっそろしく人が込んでいるので、基本もやしっこ引きこもり体質のスト研の人間には厳しいものがある。そこで、大学の最寄駅から、乗り換えを一度経て数駅さきにあるF駅で、家族連れをながめつつ、ちょっとやる気のない花見が毎年恒例だった。 Nキャンパス、もう聞きあきたかもしれないが、当大学で1〜2年が所属するキャンパスの代表工学部2年生ルートヴィヒは連日、責任感でちょっと胃を痛めていた。このサークルでは秋から就職活動が始まる3年生に考慮し、2年生で役職を務めるのが慣例となっている。しかし、20にもなっていない彼らが、3,4年生に気を使いつつ、1年生の面倒もみながらサークルを運営していくというのは中々、緊張することなのだ。 ルートヴィヒと同じく、おにぎりやビール、チュウハイといった買い出しの荷物を両手に下げるトーリスが「一年生、何人くらいはいってくれるかなぁ」と不安げに言った。「そうだなぁ。今日も楽しんでもらえると良いんだが」 まだ風が冷たくふいていく中で、春の日差しをあびながら、二人は歩いて行った。あと5分ほどで、公園につく頃、ルートヴィヒの携帯電話が震えた。ギルベルトからだった。 「おはよう。聞きたいんだけどよ。F駅までフェリシアーノが1年迎えに行くのであってったか?」 「そうだが」 ルートヴィヒの脳裏に嫌な予感が走った。 「あいつ、まだ来てねぇらしいンだよ。俺、今ちょうどF駅ついたんだが、1年がひとりはやめに来ちまってんのな。部室でたまたま俺の顔見てたの覚えててくれたみたいで、それで分かったからよかったんだが」 ルートヴィヒは携帯電話を握りつぶしたくなる衝動を堪えた。 「すまない……」 「いや、いいって。2年は他にアルフレッドとかも別動隊で買いだしいってんだよな。とりあえずしゃーねぇから俺が案内しようと思うんだが、俺、1年今日誰来るかしんねーから名簿把握してたらメールで送ってくんね?」 携帯から漏れる音声を聞きながら、グッジョブ先輩!とトーリスは心の中で親指を立てた。 「了解した。助かった、ありがとう」 「気にすんな。俺が代表の時はアントニーニョがやらかしたからな!この先、オタクどもまとめるのは大変だろーけど、ま、頑張れよ、代表。じゃぁな」 プツっと電話が切れた。トーリスとルートヴィヒは顔を見合わせた。今現在、1年生にF駅集合と通達した時間の20分前である。早いと思うなかれ。田舎から、上京したばかりの新入生はわけがわからず気がついたら東京の短い電車間隔(山手線で約三分)に慣れておらず、きがつくと人ごみのなかまだ誰もいない待ち合わせ場所の人ごみの中でポツねんとすることは十分にありうるのである。というかそれ以前に、スト研2年生といえば役職及びイベントごと担当であり、本日の集合時間はお花見開始予定時刻の一時間半まであった。 代表二人は先を思って涙が出そうになったのだった。 〜Dお花見その2まだまだ猫かぶりな一年生の自己紹介〜 頭上の桜は半分近くが散っている。その下に敷かれた青いビニールシートの上に座って自己紹介の段となった。片手にビールやチュウハイ、またはジュースやウーロン茶を持って挨拶をする。まずは新入生からだ。 「じゃぁとりあえず、名前と学部、あとジャンルも。描き手がどうかもいってくれると助かるな。二回目の人もいるだろうけどよろしくね」 まだちょっと胃がしゅくしゅくするなといった風情だったが、トーリスはそれでも笑顔を作っていった。 本日来た1年生6人は顔を見合わせた。じゃぁ女子からお願いできる?とトーリスが促したので、セーシェルが立ちあがった。 「工学部のセーシェルです。ジャンルはアニメならガンダムとか攻殻、デジモンとかがすきです。漫画は、割と広くよんでるのでちょっと選べないんですが、柴田亜美とか、みかわべるのさんとか好きな方は是非お友達になってください。ゲームはペルソナとです。絵はちょっとは描くんですが、できればちゃんと勉強したいと思ってます。他は乙女ゲーというか、KOEIの罠にはまってます。タイプムーン大好きです、なすきのこは世界最高の小説家だと思ってます。よろしくおねがいします!」 マジなすきのこ最高だよ、とか、腐じゃないの?というヤジと共に小さく拍手。そして次に回る。 「法学部法律学科のパティ・ライアンです。すみません、読み専で腐女子です。好きなジャンルは、とりあえずジャンプ系です。とくに銀魂の土方にときめています。他は三国志が大好きなんですが、曹操とか、劉備とかのメジャーどころじゃなくて、権力の権の方の、孫権が死んだ後の呉という凄くマニアックな処で仲間を求めています。ゲームは最近、バサラにはまってます。まだまだだと思うので、何か面白いものがあったら布教してやってください、よろしくお願いします。」 挨拶をすませると、黒のホットパンツと黒のハイソックスの隙間が眩しい彼女は少し緊張した様子のまま再び正座した。セーシェルは完全に自分を棚にあげて、この子は濃さそうだなと思い、ライヴィスとエドァルドは(男子校男子寮育ち)はギャルがいると怯えた。 もう一人、別の女子を経て、次は一年男子の版である。エドァルドの眼鏡がきらりと光った。 「経済学部一年のエドァルドです。ライヴィスとは実は同じ高校の出身で、同じ寮でした。模型部との兼部を検討してます。絵は、描いたことないんですが、お話聞いて、ちょっとやってみたいなと思うようになりました。漫画は、正直、すずかとか大好きです。ぱにぽにも大好きです。意外と言われることもあるんですが、東方、マクロスとかも熱いです。ゲームは……察してください。クラナドは永遠です。よろしくお願いします!」 え、じゃぁ俺の代わりにこの間ヨドバシで買ったストライクフリーダム(※ターンAガンダムの機体の一種)つくってくれへん?というアントニーニョのリクエストに一年生は「いいですよ」と答えた。 そしてまた次へと回る。 「えっと、同じ経済学部の一年のライヴィスです。さっきエドァルドが紹介したように、彼と同じ高校で同じ寮でした。すきなのは、その、ゲームならひぐらし(怖い)、漫画なら東京赤ずきん(※グロい&ショタ)とか古屋兎丸とかフルバ(※途中から暗い)とかテイルズシリーズとか、スターオーシャンとかが好きです。その、仲良くしてください。よろしくお願いします」 ペコリ、と挨拶をした彼を見て、見た目いいお姉さん中身最終形態腐女子のエリザベータは新入生女子にいい笑顔でいった。優等生系眼鏡男子とちっみこ男子で男子校男子寮だなんて全く萌えよね! 新入生女子陣が思わず姐さん!と彼女の手をとりかけるのを、男性陣は複雑な思いで見守るのだった。 〜Dお花見その3胃が痛い2年生の他己紹介の巻〜 桜舞い散る河川敷沿いの公園。日曜昼間、回り家族連れの花見客という状況で、まったく持って世間様に恥ずかしいことしか言っていない彼らの自己紹介は1年生のうちは序の口である。何故なら、彼は多少酒が入っているとはいえ(※未成年飲酒は犯罪です)まだ、やってはいけないこってあるんじゃないかとか、これ以上オタクさらしたら(※見た目だけはフツーそうな)先輩陣に実はひかれるんじゃないかとか、そういうことに頭が廻るからである。しかし、上級生は違う。彼らはスト研の駄目っぷりを骨身にしみて把握しているのであった。 「えっと、上級生は、今年も他己紹介ですか?」 トーリスがこんな公共の場でオタサーの紹介とか正直嫌なんだぜという雰囲気を漂わせながら聞いた。他己紹介とは、自分以外の誰かに紹介をしてもらうというやり方である。 「おう、2年からな」 言ったのは、4年のフランシスである。どうやら、まだ役職やイベント毎になれていない2年生を上級生が多少指示するのが習わしらしい。 じゃぁ、誰からにするー?と延びた声がしたところでトップバッターが決まった。 「とりあえずさ。まず罰じゃないかい?」 会計の法学部法律学科2年アルフレッドは眉間に皺の寄りきったルートヴィヒの顔を見た。 「そうだな、必要だな」 彼もうんうんとうなづいた。トーリスも、しょうがないよねぇ、と溜息をついた。よこで背が少し低めの青年がなんやし?と首をかしげている。もう一つなにかぼんやりした人影が存在するがそれはあまりよく判別できない。 ルートヴィヒは深い深い溜息をつくと、フェリシアーノの頭をガチッと掴み皆の方に向けたまるで軍隊式に声を張り上げた。 「スト研注目!」 なんだー!と慣れたものの先輩陣から声があがる。 「こいつはフェリシアーノ・ヴァルガス、文学部だ。俺と同じ年に入学したが、英語とイタリア語、両方のテストで寝過ごしてだな、今年もお前たちと同じ学年になった残念奴だ!今日も本当は一年生を迎える担当はこいつだったのに遅刻した。だからお前たちはこいつを敬う必要は全くないぞ!」 「ええ、酷いよルート!遅刻したのは俺のせいじゃないよ、俺がのった電車が勝手にうしろに動きだしたんだよ!(※このセリフは実録です)だから電車が悪いんだよ」 1年生は駄目人間の香りに戦慄を覚えた。 「ただし絵だけは上手い。部誌の締め切りも比較的守っている。もしも漫画の描き方や線の引き方について聞きたければこいつに聞けば教えてくれるだろう。ジャンルは……最近お前何を読んでいた?」 「えーっと、ALIA読み返しててー、テイルズやりなおしててー。あーでも意外って言われるけど日本橋ヨヲコも好きだよ」 「だそうだ。絵以外のことでは全く頼りにならいどころか、足しかひっぱらないが、悪い奴ではないので仲良くしてやってくれ」 よろしくね〜!とニコニコする姿は、全く頼りにはならなさそうだが後ろにお花ちゃん特有の何かが散っていた。 「じゃぁ次は俺がルートヴィヒ紹介するよ」 よっこらせと立ちあがったのはアルフレッドである。 「この、背が高くていつも眉間に皺がよっているのがNキャンパス代表の工学部ルートヴィヒだよ。多分、君達新入生が一番接することが多い人だろうけど、頼りになるから安心していいんだぞ。んでまぁ、彼のジャンルなんだけど、ねぇルートヴィヒ、何なら言ってもいいんだい?」 ルートヴィヒはそれはそれはすごくすごく嫌そうな顔をした。 「……誤解を招くようなことを言うな」 「だから君が新入生に引かれないように何なら大丈夫か聞いてるんじゃないか!大丈夫だよ、君が妹ブルマ(※タイトルから察してください)が好きでもささやかにウチのサークル指折りのエロゲマニアでも工学部に入ったのは完全なるアンドロイドをつくるためでもカラオケで野太い声で「み・み・みらくる・みくるんるん☆」とか歌ってても俺は全く差別しないから!」 「だから言うなといっとろうがああああああ!!!」 ……そこはシグルイ(※やたら内臓が出ている漫画)とか格ゲーマニアとかモンハンくらいでとどめてやれよ、とアーサーのささやかなるツッコミも届かぬままルートヴィヒは新入生に「み・み・みらくる・みくるんるん☆な代表」の人と記憶されてしまったのであった。 |