以下は首都圏にいくつかのキャンパスを持つ某大学のオタクサークル「コミックストーリー研究会」通称スト研の記録である。まちがってもストライキ研究会ではない。 また、登場人物の名前が外国風であることにはつっこんではいけない。 全ては架空のはなしであり、あなたがよく知る人物と似たようなキャラクターがでていたとしても、それはあなたの気のせいだろう。 4月 〜@新入部員オリエンテーション〜 大学では入学式から約三日間、どのサークルも新入生あつめに必死である。各所で説明会、お花見、飲み会などがひらかれ、新入生の中にはただメシが食えるといって、各サークルを渡り歩くつわものもいればその人並みの多さにひきこもることを決めるものもいる。だが、大半は趣味の合う友人をもとめてサークルを選ぶ人間ほとんどだった。工学部一年生のセーシェルもその一人である。彼女は、一枚のチラシを手に、A校舎102号室へと入った。そこは、高校よりも少しせまいくらいの大きさの教室で、前には黒板ではなくホワイトボードがあった。 前には代表らしき三人の先輩がたっている。二人が男で、一人が女だった。少し緊張した面持ちで、背が高く肩幅のある強面の男が口を開いた。 「工学部2年でNキャンパス代表のルートヴィヒ・バイルシュミットだ。今日はコミックストーリー研究会の説明会にあつまってくれて感謝する」 Nキャンパスはこの大学において、主に1〜2年が学ぶキャンパスである。 「うちは漫画研究会だが、別段マンガを書くことは強制していない。読み専の先輩陣も多くいる。はっきりいってしまえば、ウチはオタクのためのサークルだ。今日集まった新入生にも、オタク友達を探すために来たという人もいるだろう。その点は心配いらない。うちのサークルの9割はオタクだ。むろん、女子には多いと思うが、オタクであることを隠したい、しかしウチのサークルにも入りたいという人も歓迎している」 続けて口を開いたのは同じくらい背の高い、やさしそうな顔をした青年だった。 「ええ、はじめまして。僕は文学部2年でTキャンパス代表のトーリス・ロリナイティスといいます。OBやOG、そして今の先輩方にどんな人がいるか気になると思うので、それは僕から説明しますね」 Tキャンパスとは、この大学において主に3〜4年が学ぶキャンパスである。ただ文学部だけは別で、2年時からTキャンパスにうつるのだ。 「OBさんにはプロの漫画家になった方も何人かいらっしゃいます。5月には、そのうちのある方のご好意で、職場見学を毎年企画しています。文化祭にもいらっしゃるので、プロになりたいと言う方はアドバイスももらえる、かもしれません」 そこで少しざわついた。セーシェルは漫画家になる気は全くなかったが、プロの職場は見てみたいと思った。 「他は、まあいろんな人がいるんですが、同人誌を書いている方もいればゲーマーの人もいます。かけもちもOKなので、美術部と兼ねてる人もいます。これはどこのサークルに行っても言われると思うけど、履修やテストについて不安だったらどんどん先輩に聞いてください。過去問なんかもとってありますから。やったことないけど漫画を描きたい、という人もOKです。週一回、有志でデッサン会をやってまして、その時に先輩が教えてくれます。大学生から書き始めてプロをめざしている先輩もいますから大丈夫ですよ。部室でただおしゃべりしたい、っていうのも歓迎です」 次に口をひらいたのは唯一の女性の先輩だった。 「こんにちは。文学部4年のエリザベータといいます。私は4年なので二人みたいに役職はないんだけど、女の子代表として来ました。女子の先輩には、腐女子もそうじゃない人も両方いるけど皆仲好くオタクです。ガンダムもヘタリアももやしもんも平等です、それに女の子は留年することまずないから安心してくださいね」 彼女はにこっと笑った。ルートヴィヒとトーリスが不味いとうい顔をした。それを見て、エリザベータは何食わぬかおで「駄目よ、いうべき真実はちゃんと伝えなくっちゃ」と言った。先輩に気圧されたように、二人の男子は黙った。彼女はいい笑顔で言った。 「正直な話、当サークルは留年率が高めです。うちの代8人いて既に3人留年してるのね。もう一個上は半分が留年、だったかな?でもOBのある学年なんかもっとすごくて、平均留年率1.5年、つまり皆留年してるの!でもその学年は大物で、外資系通信会社とか、音楽会社、プロの漫画家とか成功者も多いから、大丈夫よ。二人ほど、行方不明になった方もいらっしゃるけどね」 オタクサークル。 それはスペックの高い駄目人間か、ネタになる駄目人間が集まる場所である。 〜A初めての部室その1〜 説明会の後、部室に立ち寄ると言って手をあげたのはセーシェルも含め男子二人女性二人の4人だった。 「お疲れ様です」 おつかれー、という返事がいくつか重なって帰って来た。トーリスがドアを開けた先は、セーシェルが想像したよりも綺麗に片付いていた。棚には沢山のマンガとアンソロジー、それから部誌らしきものが並べられている。壁には、アニ○イトで買ったと思われるポスター、それからおそらくOBのマンガ家のものと思われる。中にいた先輩陣は、一年生たちにそそうさと椅子をすすめた。そのうち、一番前に座っている、髭の生えている男を見てセーシェルは思った。靴が、とんがっている。正直怖かった。靴がとんがっていて、メンズノン○に乗っているような格好をしたオタクもいるのだとこの日彼女は学んだ。 一通り自己紹介した後、その靴のとんがった男、フランシス・ボヌフォワは、「セーちゃんって呼んでいい?」と親しげに聞いた。話術が上手いのか、意外にも不快な感じは受けず、かまいません、とセーシェルは言った。男子二人はサークル代表二人と、もう一人の女子はエリザベータと話をしている。 「セーちゃん、学部は?」 「工学部です」 「工かぁ。じゃぁ俺は経済だから履修は助けてやれないな。でも、工なら、そこのルートヴィヒとか、割とまともに頼りになる奴がちゃんといるから安心していいよ。留年率の高さきいて心配かもしんないけど。好きな漫画とかアニメは?結構俺、色々みてるから話せると思うよ」 彼はセーシェルの緊張を解きほぐすように聞いた。 「いろいろあるんですけど……ガンダムはターンAが一番すきです。デジモンとか、あとは、タイプムーン系ですね」 「……えっと、多分先輩やったことないと思うんですが、ネオロマンスというか、乙女ゲーが……遙かなる時空の中でとか」 恐る恐るその口にした時、キランと彼の目が光ったその衝撃を恐らくセーシェルは一生忘れないだろう。 「俺もすき!漫画も全部持ってる、つーかあれで我慢してたのに結局PSP買っちまったんだよ。3とか超好き。高橋直純の歌も落としちまったしな。最近学校来る時いっつも聞いてる」 「え、もしかして、カラオケで歌えたりします?」 何ちょっと自分、ウキウキしてるんだろう、いやだって男パートとか自分で歌うより男の人に歌ってほしかったりするんだもんとかよくわからない言い訳を自分にしながらセーシェルは話に乗った。髭が男前なフランシスは、乙女のよーに目を輝かせながら、勿論ですとも!と言った。別の話をしていた、エリザベータが茶々を入れた。 「フランシスはね、ネオロマンスがいけるだけじゃなくて、乙女回路を内蔵した腐男子なのよ。男同士でしか妄想できなくなってきたとかこの前メールしてきたわよね」 「そーなんだよ。まぁ、萌えりゃーなんでもいいんだけどな」 ここはその一言を聞くべきだろうかと思い、セーシェルは口をひらいた。 「あの、じゃぁ、何かお好きなカップリングは」 少し悩んだ後、フランシスはそうだなぁ、と前置きしていった。 「やっぱり、マイベストはスラムダンクの桜木×魚住かな」 その日、セーシェルはとんがった靴をはいた見た目チャラ男が自分よりも濃く腐っている可能性があるという事を知ったのだった。 〜A初めての部室その2〜 セーシェルが乙男腐男子フランシス・ボヌフォワに衝撃を受けているのとほぼ同刻、スト研入部希望の経済学部新1年ライヴィス・ガランテと、新1年エドァルド・フォンブックは、ひとつ上の先輩陣と話をしていた。 大学一年生にとって、これから卒業までというのは少し不安がつきまとうもので、彼らは漫画よりもそちらの話に集中していた。 「先ほど、留年率が高い、っておっしゃってましたけど……大丈夫でしょうか?」 エドァルドは不安そうに聞いた。質問に、当Nキャンパス代表の工学部2年ルートヴィヒが答えた。 「実際の話、だいたい学年ごとに約1割が留年するといわれているし、俺の感覚でもそれくらいだ。そこから考えるとこのサークルの留年率はその1.5〜2倍で、確かに少ないとは言えない。だが、まぁそうそう留年はしないから安心していい。授業に出席して、テストを受ければ単位は来る。」 ライヴィスがそこで不思議そうに尋ねた。 「え?その、失礼かもしれないんですが、どうしたら留年するんですが」 Tキャンパス代表文学部2年トーリスが、文学部"変わらず一年"フェリシアーノ・ヴァルガスをちらり、と見て言い淀んだ。ルートヴィヒは溜息をつき、説明してやれ、といった。 「えっとね、あのね、うちの学校文学部って語学イッコでも落としたら留年確定なんだけどね、朝おきたらテストが終わってたんだよ、ヴェー」 「……ということがあると留年する確率があがる。経済なら語学は出席で単位が来るとは思うが」 ライヴィスとエドァルドがどういったものか迷っていると、部室の扉があいた。3人の男子学生が「お疲れ様ー」という挨拶とともに現れた。 「おお来とるで新入生」 「ルッツ悪いな。就活であんま新歓あんま手伝えなくて」 「部員ゼロはまぬがれそうだな、工学部の過去問なら俺かルートヴィヒがやるから言えよ」 3人組は適当なことを言うと、ニヤニヤと笑いながらフランシスの元にあつまった。関西弁の男は嬉しそうに後ろから彼の頬に頬をくっつけていった。 「留年おめでとうフランシス。うれしいわぁこれでお前も俺とローデリヒと同じ3年や」 フランシスは、うっせぇよ、と呟いた。新入生4人は何この人達男同士でベタベタくっついてんだと思った。そして髭の人が留年していることをしった。 「アーサー、お前のせいだ、お前が試験前に巨乳18禁本の原稿間にわねぇから手伝えとかいうから!何でお前は4年になってんだよこの裏切り者が!」 「しらねぇよ!つーか新入生の女子がいる前で自己紹介もしてねぇのにいきなり巨乳18禁本とかいうなよ、セクハラだろうが。この後俺がずっと巨乳18禁の人になっちまうじゃねぇか」 「間違ってへんていうか、それがお前のアイデンティティそのものやん?」 「アントニーニョなぐんぞおい」 「まぁ落ちつけよ、新入生ひいちまうだろ」 就職活動らしくスーツを着た一人が間に入って彼らを止めた。エリザベータが「ギルベルトあんた一生スーツに眼鏡だったら萌えなのに」と呟いたのを、彼は黙殺した。代わりにフランシスに質問した。 「俺が聞いたのでは確かフランシス、お前必須の試験のとき麻雀やってんじゃなかたっけ」 「あ、俺の時とおなじやー」 このサークル、オタクとか言う以前に駄目な香りがする。 ライヴィスはそう思ったと後に語る。 「お前らも誘っただろうが。何で後から来るんだよ!」 「せや、試験は一人でも受けられるけど、麻雀は4人おらんとできへんで」 「いや、意味分かんねーよ、テスト受けろよ」 アーサーは真っ当な突っ込みをした。 「麻雀で単位こねぇのが悪いんだよ」 「いやこねぇだろ絶対、むしろ単位なくすだろカイジ並みに危ない賭けしてんじゃねーよ」 ギルベルトは正当な突っ込みをした。 「でも、いつ天牌みてーなことになるかわかんねーじゃん?」 『いや、だからそこで麻雀すんなよお前ら』 ギルベルトとアーサーの声が綺麗に重なった。 「……というようなことがあると、留年しやすくなるかなぁ」 トーリスの悲しい声に、新入生ライヴィスとエドァルドは大人ってよくわからないと思ったのだった。 |