イギリスが上を見た。
「取ろうか?」
「自分で取れる」
 背を伸ばすこともなく、イギリスは棚からコーヒーカップを取った。
「ブラックでいいか?コーヒーミルクねぇんだよ」
 横を向かれて、そうだ、同じ身長だったと思いだした。どうもこの年下は、俺より小さく見える。腕まくりをしながら、湯を沸かして、豆の量を測っている。
「おい、だから」
「ブラックでいい。カフェオレだったら自分で作る」
 だったら、さっさとそう言え、とイギリスはぶつぶつ文句を言った。可愛くねぇ。

 付き合って3か月。薔薇色と言いたいところだが、基本的に俺たちは「ダセイ」と「ニクシミ」と、あとちょっとねじくれた何かで出来ている。昔から。



(チビはいつの間にか大きくなった……)



 アメリカは、イギリスといつもどおり喧嘩をしている。手は出ない。最近変った事と言えば、悪口に「ホモ」が前より増えたくらいだ。
「何か面白いものでも?」
 日本が聞いた。目線の先には、うるせいやつら。
「いや、子どもは元気だなぁと思って」
「そうですね」
「日本はもうちょっと元気でもいいと思うぞ」
 塩分は控えようね、とイタリアが心配そうに言った。うん、イタリアは可愛い、馬鹿の子だけど。こういう子とつきあったら幸せそうだ。
 しかし、アングロサクソン人は喧しい。いつでも、腹から声を出している。あ、イギリスが切れて出て行った。アメリカが、つかつかと歩いてくる。机の上に座って、ガッデームと両手を広げた。

「もう、年寄りは頭が固いよ!」
 若い奴は一図過ぎて頑固だよ、と思ったけど俺は言わなかった。遅遅と進まない惰性の会議って、なんてこうも美しくないのか。休憩時間のせいもあって、欠伸が出た。
「君もさっきから、じぃっと見てたけど、なんだい嫉妬かい?」
 アメリカの機嫌が悪い。出て行ったのはイギリスだったが、言い負かされたのはアメリカなのかもしれない。
「お兄さんは子供に嫉妬しない」
 ニヨニヨと笑うと、アメリカは、文句が脂肪になるみたいに、頬を膨らませた。「お前もとうとうこちら側か。貫通式は俺がやってやるよ」というと、さらにアメリカが湯気をだした。日本が、咎めるような目線を向けてくる。イタリアは、話が見えないとばかりにきょとん、としている。うん、いいよ。お兄さんそういうの大好きだよ。ドイツに睨まれる前に、「悪い」と俺は降参のポーズをした。ドイツの怒りは不発だったようで、ふん、と鼻だけ鳴らした。肩張って生きてると長生きできねぇぞ。
「何を見ている」
 ドイツが怪訝に俺の顔をのぞいた。そんなひかないでよ。
「でっかくなったなぁと思って。鼻たれが」
 動きが止まった。まるで、ゲーム画面の「ポーズ」だ。
「アメリカも大きくなっちまった……」
「フランスさん、そうして頷いてらっしゃると、」
「オヤジ臭いぞ」
「酷い!」
 日本とアメリカはいつから、コンビのコメディアンになったんだろう。

「俺だって大きくなったよー」
「そうだなぁー、でも俺よりは小さいからなぁ」
 頭をなでてやると、イタリアは喜んだ。ドイツとアメリカは露骨に嫌そうな子をしている。
 ムキムキもお兄さんとしては美を感じるから全然OKだけど、脂肪は問題だ。
「君ってぺドかい?」
 アメリカは少しうんざりしたように言った。
「なんでだよ。世の中には年輪を重ねた美だってあるんだぞ」
「イギリスには幼児趣味があると思ってたけど、元は君からだったんだね。納得しちゃったよ」
 話を聞け。
「だってイギリス、顔子供だろう?小さいし」
「まぁ童顔はいいな、うん」
「だからほら!」
 この青年は、兄貴分と兄貴分がお付き合いしていることを快く思っていない。というか、残念ながら、祝福してくれる古くからの知己は皆無だ。酷いと思う。
「イギリスは大きいよ……」
「ええ、そう思います。皆さんの背が高すぎるんですよ!」
 イタリアと日本が目をそらして俯いた。
「そうかな」
 アメリカは首をかしげた。

「君達が小さいだけだよ」
 イタリアは、アメリカにまで頭を押さえられて不服そうに眉を下げた。
「俺だって、兄貴として頼られたいよ」
 日本とドイツは、イタリアの目線から顔をそらした。
「そんなに年上っていうのは、でかい存在かねぇ」
 基本的に、俺に周りに年上は少ない。いたとしても、身近じゃないから感慨がわかない。
 アメリカとドイツが不機嫌そうにまた俺を睨んだ。ガキどもめ。
「君のそう言うところ、嫌いだよ。イギリスも君のどこがいいんだか」
 アメリカは率直だ。俺は苦笑いを浮かべた。イタリア以外も、まるでアメリカに同意するかのような顔を浮かべた。

「ひでぇなぁ。恋について人に口出しするのは……あ」
「どうしましたか?」
「いや、はじめての時には泣かれたなって。あの頃、あいつより小さい奴ってあいつの周りにそういなかったし、もしかしたら悪かったのかなって。イタリア位の身長もなかったしなぁ、俺も、もうちょっと低かった」
「……それは何時位のことなんだ?」

 ドイツが静かな声で訊いた。
「何時って、そんな昔過ぎて覚えてねぇよ。それこそ子供だったし。見た目で言うなら15歳と12歳くらいだ」
 しまった、と思った時は遅かった。俺は3人の裁判官と証人に囲まれて只管、その罪状は重すぎると抗議した。

「フランスさん……」
「最低じゃないか!子供に手をだすなんて」
「いや、その当時の初体験の平均年齢は十代前半だ!」
「お前がホモなのは構わんが、幼子の肉体に手をだすとは……同情を禁じえん」
「なんか変な誤解すんな!」
「誤解も何もないでしょう、ほとんどつり橋現象じゃないですか!犯罪ですよ」

 大変だ。これだから清廉潔白を身上とするやつらはやりきれない。やれ性欲異常者だの、変態だの、俺が口を開ける前に次々と責めたてた。
 奴らは決してイギリスに優しいとは言えない。が、俺にはもっと冷たい。

「そもそも、なんでそんなことになったんですか?」
「なりゆ」
「無理やり押し倒したのか?」
「あいつそんなたまじゃ」
「あの頃って同性愛禁止じゃなかったけ、ヴェー」
「イギリスもやっぱり趣味が異常だよ!諸悪の根源は君みたいだけど」
「話を聞け!!誰が強姦したっていったんだ!」

 たまらず怒鳴ると、周りがピタッと止まった。「そうじゃないのか?」ドイツが無表情で訊いた。
「青姦の上成り行きだけどきちんと合意だったつーの!!」
「なんだ、つまんないなぁ」
 うんうん、と揃って頷きだす。殴るぞお前ら!
「で、どういう成行きだったんだ?」
「ん、うら若い少年に稀にある成行き。俺もてんぱってたんだよ」
 アメリカと日本は細い眼をして、あー、と間抜けな声をだした。ドイツとイタリアはきょとん、としている。「なんのことだ?」とドイツがアメリカに尋ねたが、アメリカは肩をすくめて「君とイタリアならありえそうだけどな」と言った。
 日本は、はた、と不思議そうな顔をして、俺に質問をした。
「ということは、もしかして、前からお付き合いしてらっしゃったんですか?」
 一瞬、日本が何をいっているか分からなかった。
「フランス、顔が間抜けになってるよ。ドンファンらしくない」
「え、あ、いや悪い」
「慌てる兄ちゃんって珍しい」
 イタリアがくすくす笑った。俺は毒気をぬかれて、頭を掻いた。悪い子じゃねぇ。それは、ここにいる残りの面子がもたない美徳かもしれない。

「ま、言った通り、やることやってたのは昔からだったから」
「から?」
「いや、だから」
「なんで具体的に付き合ったのが最近なのさ、俺が生まれる前のからの話なのに。そもそもどっちがコクハクしたわけ?」

 地獄の針は痛いという。この弟は、ほんっとーに俺達の事をよく思っていない。差別主義者め、呪われろ。
「告白なんてしてねぇよ」
「本当ですか?」
 日本が驚いたように言った。
「じゃぁなんで急に恋人とやらになった」
 ドイツと、その横でうんうんと頷くイタリアは、恐らく、俺から恋のマニュアルを聞き出そうとしている。

「いや、惰性もよくないから、けじめが必要かなって話になって、それで」
「それで、急に腰抱いて歩くようになるのかい?俺たちの前でも!」
「アメリカ落ち着け」
「じゃぁ切っ掛けの言葉はなんだ?」

 どいつもこいつも。
「『俺たち、そろそろ付き合わないか?』『結婚じゃねぇだろ』どっちのセリフかは想像に任せる」
 なんとも間の悪い沈黙が下りた。「本当に、結婚じゃないんですから」と日本が年寄りじみたセリフを吐いた。
「じゃぁなんだ、お前らの間にその……」
「愛はないのか?あるんじゃない?」
 ドイツのセリフを俺は継いだ。周囲は再び、無責任だと言って憤慨した。俺達、そんなに悪いことしてる?
「じゃぁ、どこが好きなのさ」
 いったいこの質問も何回目だろう。いい加減うんざりだ。
「一つだけ教えてやる。俺たちは栄光と挫折、煉獄から這い上がるような怨念と執念、ドロドロにとけた鉛のような暴力性で出来ている」
「愛の欠片もないな」
「そうでもない」
 ドイツが、え、と言った。自分でも思ったより早く返事が出た。いやだな、反射運動は。
「そうでもねぇよ」
 今度はちゃんと言えたはずだった。
「ちゃんと抱いてやってるって?」
「アメリカお前な。あいつはどっちかていうと猫ってだけだ。俺もどっちかてちうとタチってだけで」
「何、ペラペラ喋ってやがる、」
 振り向くと、どこからか帰ってきたスリーピースがトレードマークの御仁がいた。こめかみには青筋が立っている。
「てめぇ、何周りに吹き込みやがった!」
「別に」
「目ぇ反らすんじゃねぇよ」
 イギリスは俺の襟首を迷いもなくつかむと、周りを振り返って言った。
「この汚れた舌から何を聞いた?」
 俺は日本と目を合わせる。
「いや、そんな」
「別に」
 ナイスアメリカ。
「本当にそうか?ドイツ」
「いや、」
 ほれみろ何言った!とイギリスは叫んだ。イタリアが怯えている。本当のことしか言ってねぇよと言ったら殴られた。やったなこの野郎!
「ガンたれんなヤンキーのくそ餓鬼が」
「か、可愛くねええええ」
「イギリスお前もだ!」

 なんで俺こいつとつきあってんだ。





 顔に二人して絆創膏つけた状態で一緒に晩飯を作るのはよくあることだ。一緒に作るたって、あいつに任せるのは、セッティングとか、野菜を洗うとか、野菜を切るとか、あと野菜を切るとか、それだけだけど。
「今日さぁ、実を言えば何でつきあってんのかって聞かれたんだよね。ほら、ただの付き合いならガキの頃からだし」
 全部は話してないが、それは嘘じゃない。
「まだ、あいつらその話題で盛り上がれんのか」
 イギリスはため息をついた。肩幅は俺より狭いくらいの癖に、投げるボールは俺より遠いし、力も強い。腹が立つ。可愛くねぇ。
「イギリス、ヴィネガーとって」
「これ」
 瓶をつかむ手は同じ大きさ。声の低さも同じくらい。ずっと下を見てたはずが、いつの間にか目線が同じになった。そりゃ、違和感があって当然だ。
「ああでも、こうして飯つくるのって付き合ってからだよな」
 イギリスはほうれん草を切っている。
「そういえばそうだな」
 俺は玉ねぎを炒めている。腕まくりをした手にはお互い毛が生えている。生意気な口は、ただの負けん気だったのが、いつのまにか重みを持つようになって、口の喧嘩はいつも五分五分。おかげで、俺は、昔はそんなことなかったのに綺麗な顔まで傷だらけだ。
 ああそうか。でも、擦り傷にだらけの奴の顔。それだけは童顔のまんまだ。髭はない。
「ひゃ、はははははは!」
「おい、なんだ。人の顔みて突然笑い出して」
 そうだ。そうだ、そうだよな。
「可愛いなぁ」
「ハァ?何キモイこと言ってんだ!」
 殴られた。でも気分がいいから笑った。イギリスの顔は真っ赤か。どなり声は低い。
いいじゃないか、ロリータ。時には、まるで映画のキャンディだ。
「……きめぇ」
「でも愛してるだろ?」
 リンゴの頬にキスをした。
ぺドより健全な俺の心に乾杯!