GIRL FRIEND JAM 線路が、土手のように盛り上がっていたせいで、反対側の道を歩く男の傘が、地べたを歩く、痩せこけた黒い犬のように見えた。 細い道を通る一台の古い車が道路脇の水を跳ねる。そのライトが一瞬だけ、アスファルトを照らした。じめじめした夜の空気が嫌で、自然と足を早める。気に入りのグレーのジーンズが泥に汚れる感触が益々不快だった。雨の日は、日が短くなるからいやだ。 部屋に帰って、電気をつけると、誰もいなかった。布にしみた雨水が、微かに廊下を濡らす。ダイニングに一枚の書置きがあった。 「イタリアの処に行ってくる。今晩は向こうに泊まる」 ヴェストはずるい。相変わらず、イタリアちゃんを独り占めしている。疲れた俺を慰めることもしない。俺は、パンを切って、冷蔵庫からチーズをとりだした。それをツマミに、TVの前に座って、ビール瓶の蓋をあける。 最近購入した、日本製の液晶TVには、暗いニュースの画面が映っていたので、俺はチャンネルを変えた。チャンネルを変えてもまたニュース。この時間、なんか明るいドラマとか、なかったけか。 誰かが少年犯罪について語っている。殴る理由はひとつだけ。殴りたいからだ。家族だから憎むし、親だから子供だから、理想通りに愛してくれないことが許せない。そこに理由はないだろう。コメディアンは悪いことのほとんどを世間のせいにしていて、あんまりに世界が下らないから、ぶっとばしたくなってくる。外はまだ雨が降っている。寒いせいか、少し体が震える。どしゃぶりの中を峠に向かって行軍をしているような、嫌な夜だ。弱気になるのは好きじゃない。ケツの穴を溶接されるみたいで怖い。でも、本当には世界をぶっとばすわけにはいかないから、俺はビールを飲んで歌を歌う。そうすれば、俺がぶっとんでいられるから。静謐な夜は、それでも確かに、世界が美しいことを教えてくれる。 TVのチャンネルを変えた。メタルのスターが愛を歌う。まるで嘘だらけの希望でも、いいんだ。飛んでいい理由になるから。 アルコールがいい具合に回ってくる。何分が経った。何時間が過ぎた。体が熱い。外はずっと、しとしとと雨が降っていて、微かに風の音が聞こえる。お前は、今ごろ眠っているのかな。どうなんだ。教えてくれ。お休みを言いたいんだ。いい夜をとお前に祈ってやりたいんだ。俺はお前と、ずっと二人で、ぶっとんでいたかったんだよ。 TVにうつるニュースは、一般の出来事じゃない。普通の日常じゃない。だから、それをまるでのべつまくなく、世界の本当で全部だって信じちゃいけない。わかっていても、時折のみこまれそうになる。 ブラウン管のニュースはその幾つかが、永遠に記録されて、その大半が色あせる。時間がそれを可能にする。でも、2000年前の銀と引き換え起きた裏切りの悲しみも、今日結局この時間が、全てを俺にくれたんだ。 何時も笑ってる俺にだって、矛盾が起きるんだ。独りが楽しくても寂しいんだ。儚さに逃げて、切なさに溺れたくなる。こんなんじゃ、かっこつかねぇのに。 でもそんなのどうでもいい。アメリカ人みたいに、お休みと一緒にアイラブユーを囁きたい。今はだめだ。一人はだめだ。ぶっとぶには、あともう一人、誰かが必要なんだ。たとえ、振り返ってなんかくれやしなくても。 ぼーっとしていたら、携帯が震えた。イタリアちゃんとヴェストが仲良く映ってる。ピースマーク、眉間に皺。二人とも子供だと思う。きっと本当は、そんなことはないだろうけど、見ていて優しくなって、守りたくなるから。子供は、守りたくなる生き物だから。仲良くやれよ。天国が落ちてくるまで。 罪の数だけ傷を刻んだ体で、あと何回、Liebeと口にできるだろう。まるで、何も気にしていないみたいに、大声で笑えるだろう。生きている間に、抱きしめて、キスして、セックスするなんていうのが、何回出来るだろう。世界の終わりまでに。 無駄な時間なんて、ない筈なんだ。それなのに、俺は今こうして片膝を抱えて酔いつぶれて、ナァナァのナイフで、神様がくれた一番大切なものを削っている。電気をつけている筈なのに部屋が暗い気がしてならない。音楽番組は、相変わらずマイクの前で何か叫んでいる。歌はいい。素敵なものがなくなったら、好きな歌を歌えばいいのを教えてくれる。 何億の夜を超えてもまだ遠い。天国はいまだ堕ちてこない。この世界が真っ赤にそまって、それまでに、俺は、お前にお休みがちゃんと言えるかな。お前は、俺があやまったら、これまでのこと、全部、許してくれるかな。涙の化粧でぐしゃぐしゃでもいいから、ぐしゃぐしゃがいいから、お前を抱きたい。 親父。貴方がどこにもいなくて俺はどこまでいけるだろうか不安なんだ。 それでも俺は走る。世界の果てまで走るだろう。ゴキブリの足を食いちぎってでも走るだろう。泥の中を走り、雨の中を駆け抜ける。立ちどまれと言われても疾走する。死にたくなるほど走るだろう。逃げ出したいほど走るだろう。この喉を潰して。 野郎ども!振り返った先に誰がいなくとも俺はその先を、足がなくても走っていく。 いつかこの身を地獄と天国がとりあって、俺は絶対に死ぬだろう。いつか走りきれなくなるときがやってきて俺は絶対に消えるだろう。 鳥が肩にとまるから、地獄の泣き声が聞こえるから笑いながら走るだろう。 畜生、格好がつかないじゃねぇか。何時までも俺は、走る。走れる。でもだめだ。走るために、今みたいに、休んでもいいっていってくれ。その手で、俺の頭をなでて俺におやすみって言ってくれ。娼婦の優しさでいいから、強姦魔への憐れみでいいから俺を抱いてくれ。 TVのチャンネルを変えた。ニュースは暗くて真面目で、俺はどうすればいい。 ロックンロール、Love&Peace、Love&Sex I Love You なぁ、ガールフレンド。こんな夜は、お前に会いたい。 |