ハンガリーの股下に昔生えてくると信じていたものが生え、変わりにプロイセンに昔から付いていたものが消滅した。当事者二人も、混乱のために自主的に寝込む程にショックだったが、同じくらい精神的にダメージを受けたのはドイツだった。
 二人がベッドでとりあえず二日酔いを覚ますためにも休みをとっていること、かれは青い顔をして絶望的な提案をした。
「救急車を呼んで病院につれていくべきだ」と。
 オーストリアは、とりあえずマニュアルを探しましょうと言った。アメリカはこういう時にヒーローはどう対処すべきだい☆とイギリスに尋ねた。尋ねられたイギリスは、ツッコミ担当として、「救急車は緊急の用件のとき以外に呼んだら病院とほかの患者の迷惑だろ!マニュアル本なんかあるわけねーし、アメリカはそもそも黙ってろ」と喚いた。が、この場合、最後の一言は別にして、概ね彼は正しいといえる。この世の終わりだ、といわん限りにドイツがそのまま後ろに倒れそうになったので、イタリアが奮起した。

「大丈夫だよ、大丈夫だよね、ドイツ、ね!ほら、プロイセンもしぶといし、ハンガリーさんもしっかりしてるし!」

 それは助けになるのか?とフランスやロマーノは思ったがツッコミはしなかった。今、ドイツに必要なのは心の支えである。

「そうか、そうだよな……兄貴にかぎって……いや、姉貴、いや」
 なおもぶつぶついうドイツの手を、汗をだらだら流しながらイタリアはしっかりと握った。
「まぁ、病院いってなんとかなるとは思わねぇけど、そんなに心配だったら二人が起きた後つれていけばいいだろ?」
フランスは尤もな提案をした。
「お前にしちゃぁ、まともなこと言うじゃねぇか。稀な症例だしな」
 多分病気じゃねぇけど。とも、イギリスは付け加えたが、ドイツの耳には言っていない。 「そうか、そうだな……」


 かくして、今二人は病院にいる。
ハンガリーはなんの迷いもなくフランス、ではなくオーストリアからパンツをかりて履き、プロイセンは女性用下着(※ハンガリーのもの)の着用を一瞬迷ったものの、結局はフランスがハァハァいうのが気持ちわるかったことも手伝い、そのままのトランクス、ノーブラで通し、服は上のシャツだけをハンガリーから借りて、下はたまたまジーンズを持っていたベルギーから借りることとなった。靴もサイズが合わないので、プロイセンのスニーカーと、ハンガリーのブーツを交換する事になった。これがヒールや、パンプス、ミュールであったらプロイセンは断固とした抵抗をしめしたであろう。そもそも、外に行くこと事態を嫌がったが、この謎の性別交換の原因が発覚するのであれば、と思い、もてる精神力の殆どを使ってケセセとから笑いしながら診察を受けた。

「本当に、女が男に、男が女になってしまったんですか。二卵性双生児とかじゃなくて?」  
免許証の写真と、目の前にいる二人の姿を見比べながら、医者はそう言ったとハンガリーは後述する。つまり、これは手の込んだいたずらだと思われたのだ。一夜にして、性別入れ替わりなど、誰が信じるだろうか。一応医者は、二人を精密検査に回した。付添いのちょっと頭の精密機械がピーピーいっているドイツや、その付添いであるイタリアとオーストリアごと、まとめて精神科に回そうかと思ったが、そうする前に、何らかの政治的なよくわからない力がはたらき、叶わぬ処置となった。

「経過を見ましょう。何か質問はありますか?もっとも答えられることがあるとは思いませんが」

 前例がないこと故に医者はそう言うしかなかった。
「男として過ごす上での注意点を教えてください」
 ハンガリーが冷静にそう言うのを見て、プロイセンは信じられない物を見るような目で、彼になった彼女の方を向いた。医者は、特に思いつかなかったようで、それも生活してみないとわからないかもしれませんが、以前よりは力が強くなってると思うので、物を扱う時には注意をした方がよいかもしれない、逆にプロイセンには、以前と同じようにやろうと思うと無理が生じて体を壊すかもしれないから気をつけろ、それと生理が来た時のために、一応ナプキンは買っておきなさい、とアドバイスをした。生理、と聞いて。プロイセンは、叶うならこのまま気を失いたい、と思った。股から血がでるってどういう事態だよ。血尿か。
 無論、この診断結果はドイツを落胆させ、オーストリアを困惑の渦に巻き込んだ。オーストリア、ハンガリー、それからイタリアを空港まで車で送る途中、無意識で何どもため息をついてしまう弟に、プロイセンは自分の方がしっかりせねばならない、と思って「とりあえず今まで通り接してくれ。いいな。わかったか」と、いい聞かせた。ハンガリーもそれに同意した。自分より混乱している人間を見ると、人は例え己が当事者であってもある程度落ち着くものである。
「洋服とか、でもどうするの?」
 空港につき、搭乗手続きをすませてから出国審査までの間に、遅い昼食をとった。イタリアは単純に質問した。
「私は、男もの着るわ。じゃないと、サイズもそんなにないだろうし」
 自分よりも背の高い男が、女言葉をしゃべるのにも違和感があったが、イタリアやオーストリアはそれでも、その受け答えがハンガリーらしいと思ってほっとした。
「絶対、女物なんて着ないぞ、俺は」
 話をふられるまえに、プロイセンはいい切った。イライラしているらしく、コーヒーを飲むときもずっと指先でコツコツとテーブルを叩いている。
「スカートくらい履いてみたら?」
 ハンガリーは笑った。プロイセンは露骨に顔をゆがめた。

「そのなりで、女言葉やめろ。気持ち悪ぃ。はかねぇよ」
「だったら、あんたも可愛らしい顔ににあう優雅な言葉遣いしろってんの」
「おうおう、らしくなってきたじぇねぇか」
「け、喧嘩やめて怖いです怖いです二人とも怖いから」

 イタリアの嘆願により、二人はそれぞれ顔をそらすことで怒気を収めた。ドイツは眉間を抑えている。オーストリアは、レディならお下品なことはおやめなさい、と言うべき釜よいその言葉は結局喉の奥にしまわれた。

「ハンガリー、兄さん、一応確認しておきたいんだが、万一、万一ずっとこのままだったらどする。いやすぐに言えることじゃないのはわかるんだが」
「うーん、その時にならないとわからないけど……」

 ハンガリーは答えを濁したが、プロイセンは即答した。

「性転換手術する」

 残りの4人すぐには察した。彼女になった彼は本気だ。持ち前の気まじめさで、あすにでも情報収集を始めるに違いない。そして、彼が真剣になったときは、用意周到に準備を重ね、運以外のすべての要素を塗りつぶして必ず事を運ぶのだ。

「まぁ今すぐってわけじぇなぇけどな。調べて調べてどうしてもムリだっつーならそうするしかねぇだろ。そうだ、この空港の中で歩いてる連中にだって、そういう奴がいるかも知んねぇぜ。きっと、珍しいことじゃない」

ハンガリーは紅茶へ視線を落とし、何か言おうとしたがその前にプロイセンが「行こうぜ、時間だろ」と言ったので言葉はハンガリーの心中で霧散した。プロイセンは、搭乗ゲートまで、いつもの癖でハンガリーの荷物を引こうとして、違和感に気づいた。これは単に、欧米流の珍しくもない光景で、プロイセンは「女性の荷物が大荷物で、自分の荷物が対して多くもないなら男がその女性の荷物を持つ」という習慣を実行しようとしただけである。ハンガリーのスーツケースはいつもの見慣れた白いエナメル質のものだったが、それに対して自分の腕が細い。今は性別が逆なのだ、と戸惑った。だからといって、横に居るオーストリアに渡すのは癪にさわる。代替、恐らく自分が女性化してもオーストリアよりは体力があるだろう。その逡巡の間、イタリアがごく自然に自分の荷物をドイツに渡して、ハンガリーの荷物をひいた。

「心が女性ならちゃんと女性として扱わなくっちゃ」

他人ごとながら、オーストリアもプロイセンも、無言でイタリアの荷物を渡されたドイツも、これがラテンの人間か、と感心した。言っていることは気障だが様になっている。しかし、室内生活が長い故、オーストリは極度に体力がないため、結局プロイセンはオーストリアの荷物をガラガラとひいたのだった。
搭乗ゲートの前での別れ際、ハンガリーは、一瞬迷ったが、プロイセンを手招きして、耳を貸せ、と言った。身長差が普段と逆なのでプロイセンは軽く背伸びをし、ハンガリーはかがまなければならないので、なんともなれずにやりにくい。

「……あんまり言いたくないけど。すぐにナプキンは買っときなさい。明日ならないとも限らないんだし。もし、痛かったらアスピリン飲めばいいから」

 低い声から聞こえた生々しい話に、プロイセンは生理的な嫌悪感をもよおしたが、ハンガリーのセリフに悪意がないことはわかっていたし、そのアドバイスは恐らくもっともなものなのだろう、ということは不快ながらも察したので、わかった、とだけ小さく答えた。自分の、声の高さに、家に帰ったら喉をフォークで刺しそうだ、と思った。

「まぁ、お前も……身体慣れねぇと思うから気をつけろよ。俺からは、いいや、帰ったらメールする」
 プロイセンは少し迷った。笑って、「生えてきてよかったな!」と言うべきか否か。普段ならそうできたかもしれないが、今は自分自身が相当、参っている。そもそも、今のハンガリーの心情がどうかもわからないのだ。無論、それはオーストリアやドイツに対しても同じである。ただ、哀れみを感じているのは確かだろうし、そう思うと余計に神経に触った。
 彼らは、別れ際に軽いハグを交わした。それぞれの胸に不安を残しながら。