「……へ?」

 目が覚めて、プロイセンは愕然とした。自分の喉から出た声が、妙に高くて、脂汗が湧いてきた。隣のソファでは弟がまだすやすやと寝息を立てていて、他のスペインやフランスも同様だ。
 ここはどこ。私は誰。
 当たりを見回す。ここは、俺んちのリヴィングで、俺はソファの上。昨日3時までは飲んでたのは覚えていて、4時前に潰れてここで寝た。

「ちょ、え、どうし」

 むにゅ。むにゅもにゅ。それを揉みしだいたあと、確認するようにプロイセンは自分の手のひらを眺めた。まるで、自分の手ではないようだ。指をわきわきと動かすと、まだその感触があるような気がする。
 全てが夢かどうかを確かめるために、プロイセンはもう一度左手を左胸にあてた。

 むにゅ。むにゅ。

 汗の量が増えた。プロイセンは毛布をはねのけて、左手はそのままにズボンの中に右手を入れた。ボクサーパンツの中をさぐって、探した。

「ねぇ!」

 思わず大声がでた。周りで寝転がっている友人たちが、それぞれ眉を寄せながら、寝返りをうった。
 ない。探しても、俺のチンコがない。かわりになんか胸がはえた。はえたっつーか、うんむにゅむにゅって自分のおっぱいも柔らかいもんだってそういうもんじゃねえええ。
 だらだらと汗を流し続けながら、プロイセンは二日酔い気味の頭で必死に考えた。これからどうするべきか。

@なかったことにして寝る
A弟ドイツに助けを求める
Bトイレにいってとりあえずオナニーを堪能する
あー、Bも悪くねぇかもっつかちょっと楽しそうって、じゃなくてだな!

「ん……、兄さんか?なんだ、朝から」
 床で眠っていたドイツは、先ほどのプロイセンの叫び声で意識が戻ってきたようで、まだ眠そうな声で目をこすった。
「なぁヴェスト」
 名前を呼ばれて、ドイツは改めて真上のソファの上にいる兄の方を見た。しばらく、頭が動かなかったがすぐに、ぎょっとして顔を青くした。
「俺の金玉とチンコどこに行ったかしらねぇ?」
 プロイセンは胸を揉みながら「何時間か前までは確実にあったもの」を探している体勢で、ドイツの方をむいた。

『うわああああああああああああ』

 ドイツの断末魔のような絶叫に、周りがなんだなんだと起きだした。
「誰だー!お前は、不法侵入とは警察を呼ぶぞ!」
「ちょ、お前、ばか、オレだ、オレ、兄貴の顔忘れたのかよ!って声たけぇえええ気持ちわりぃいいいい」
叫びながらプロイセンはまだ自分の乳をもんでいる。
「え、ちょ、これどいうことだ」
 イギリスはドイツとおなじく青い顔をしている。
「わぁ、あの女の子、いつのまに。ナンパしたっけなぁ俺」
 女子の気配に敏感なイタリアはヴぇーヴぇーしている。スペインはその横でまだ眠っている。
「……あれは誰ですか」
 オーストリアはもしかしてそうかもしれないが、そのことはありえないので違うに違いないという可能性にかけて、そう言った。
「え、女の子になったんだったらとりあえず襲ってもいいよね。俺が」
 ただ一人冷静だった、フランスはそう呟き、そっこうでイギリスの裏拳を食らった。
  「とりあえずはしたないから胸を揉むな、股を探るな!」
「いやでも、あるしないし!ほら、探そうぜ。探したらその辺にチンコ落ちてるかもしれんねぇだろ」
「落ちとるかあああ」
 イギリスは自分の脳内辞書でこんな呪いがあったかどうかを検索し、しながらその下で踏まれているフランスが、iPhoneでちゃっかり「うん、なかなかエロポーズ」と言いながらうまいことを撮影しようとするのを妨害した。オーストリアもなるほど落ちているかもしれない、と混乱した頭でスペインと搜索を開始している。
 そんな時である。今度はバタバタ、と階段から騒がしい足音がした。昨夜、二回にあるドイツやプロイセンのベッドを借りて寝ていた、セーシェルとベルギーは、まだ寝巻きのままで、少し青い顔をしている。それから。
「これ、どういうことか、誰かわかりますか?」
 部屋の全員が、その方をむいた。低い、かすれた声。セーシェルとベルギーよりも高い背格好で、ドイツよりは小さいが、パジャマ変わりのジャージの丈が全くたりておらず、「すね」がみえている。フリーサイズの白いTシャツは腰の丈までだが、昨日はそれがお尻の部分まであるはずだった。長い癖のある栗色の髪。しかし、顔からは血の気が引いている。
「ハンガリー?」
 そこでハンガリーは、初めてプロイセンの方を見た。
「え?まさか、あんた」
 低い声が再び言った。
「お前」
 高い声が乱暴に尋ねた。
 彼は、再び、彼に会った。
 誰もが何を言うべきか迷っていたが、プロイセンはソファから飛び降りた。背丈が縮んだせいで、勢い余って余った黒のアディダスのジャージの裾を踏んづけて、こけそうになりながらも、ハンガリーの腰につかみかかって、寝巻きのズボンを引きずりおろそうとした。ハンガリーをそれに抵抗し、彼を思い切り殴った。が、プロイセンは下がらなかった。
「何すんのよ!」
「なんだ、お前、生えてきたのかよ。よかったな。じゃぁ返せよ」
「生えてきたって、返せってなにが、何をよ!あんたこそそれどういうこと。胸微妙にあたるじゃないの柔らかいじゃないのよプロイセンのくせに」
 女言葉に男の声で、オーストリアの血の気がひいてすーっと倒れそうなったのを、ドイツが支えた。
「お前なにいってんだ意味わかんねーのよ、なにって、わかってんだろ、チ、」
 とまで言って、プロイセンは口元を一瞬、抑えてから顔を赤くした。その言葉自体を口にするのが恥ずかしかったわけではない。ここにセーシェルやベルギーがいることを思い出したのだ。が、他に言いようが無くてヤケになり、もう一度、ハンガリーに向き直った。
「だから、わかんだろ、チン」
「それ以上口にするのは許しません!レディーが、はしたない!」
 が、全部言い切る前にオーストリアが大声をあげたので不発に終わった。
「レディーだぁ?」と、オーストリアの方を向き直った時に、ぽん、ハンガリーの手がプロイセンの頭におかれた。
「本当だ、ちっちゃい」
 ハンガリーは見下ろした。プロイセンは見上げた。プロイセンはつかんでいた手をはなして、三歩あとずさった。また沈黙、しかけたところでフランスが提案した。
「とりあえず二人とも。着替えたほうがいいと思うよ。ハンガリーちゃんには、お兄さんのブリーフ貸すよ。デザイナーものでかっこいいんだぜ。プロイセンは、下着買ってきてあげるから。ブラジャーね。ほらいま、乳首の形分かるし」
 無言は3秒。ここにはイギリスがいたので、フランスは次の5秒で再び泥酔して眠っていた先ほどまでと同じく、意識を失った。この間、ドイツはこのありえない自体に脳のコンピューターがショートしたため、復旧に時間が掛かっている。
「いや、でも服は、本当に替えたほうがいいかと思いますよ」
「俺もそう思う。とりあえず、いまここで話してもなんにもならんだろ」
 セーシェルと共に庭にフランスを埋めてきたイギリスも、オーストリアに同意した。
「イヤだ。女物なんざぜってぇ着ねぇ。気持ち悪い。俺は男なんだよ。下着なんざなおさらごめんだ。いいだろ、ジャージで」
 プロイセンの声には苛立ちと生理的な嫌悪が混じっていた。
「私は、別に構わないですけど」
 ちらり、とプロイセンがハンガリーの方をみた。何か言いかけたが、結局彼が何も言わなかったので、ハンガリーは少しイライラした。
「せやなあ。やっぱプロイセンの、落ちてへんよ」
「落ちてたからいうて、それどうにかなるん?」
 ベルギーはそうスペインに尋ねた。無論答えられるものなどいるはずもない。
「でも、とりあえず、服はハンガリーさんとプロイセンさんの、交換するしかないんじゃないですか?」
 パジャマを着たままのセーシェルはおずおずと手をあげた。
「そしたらハンガリーちゃんの下着だよね」
 埋められたはずのフランスは、ちゃっかりプロイセンの耳元でそう呟いた。プロイセンの反応が停止した。
「お、お前の服をきてやっても」
プロイセンが言い終わる前に、ハンガリーは、そのままプロイセンとフランスを、フライパンで沈めた。
「いってー、何すんだよてめぇ!」
「何言ってんの、あんたが、って」
 プロイセンの顔を見ると、こめかみが切れて、血が流れていた。ハンガリーが固まったのをみて、なんだよ、とプロイセンは首をかしげた。
「いいですよ、ハンガリーには私の服を貸しますから、ハンガリー、とりえず、ズボンか何かだけでも、プロイセンに貸してあげてられませんか?」
「オーストリアさんがそういうなら」
 おしとやかにしてもお前いま男じゃねーか、とプロイセンは、ぼそっと呟いた。ハンガリーのフライパンを持つ手に力がこもったが、かろうじてそれを振り上げるのはこらえた。
「あ、でも」
 ハンガリーは、困ったように眉を下げた。
「何か問題でも?」
「いや、その、スカートしか持ってきてなくて。いい?プロイセン」
 え、とプロイセンの顔が青くなった。
「ムリ。ヤダ。絶対ムリ。はかねぇ。俺、女じゃねぇもん。気持ち悪い」
 誰かが、今は、と言いかけてやめた。プロイセンは、余ったズボンの裾を丁寧に折り曲げながら言った。
「一人になりたい。頭いてぇ。悪ぃけど部屋で寝ていいか?今ちょっと無理だ」
 いっつも一人やん?とスペインが言った、それも聞こえずに、プロイセンは肩で顔を被った。
「おい、兄さ、あ、いや、えーと、兄さん。大丈夫か?一応、病院とか行った方がいいんじゃないのか?体が変化したせいで気持ち悪いのかもしれん」
 時間をかけて、復活したドイツは漸くそう言った。
「病院いったら、治るのかしら」
 ハンガリーがうつむいた。セーシェルが困ったようにハンガリーの顔をみあげた。
「ムリだろ。普通に考えて。とりあえず後でいってもいいが、今は休む。ハンガリーも帰るか休むかしろよ。俺様が服とってきてやるから」
「あ、それは私が」
「坊っちゃんじゃ、家のなかで迷うだろ」
 もっともだった。
「あ、待ってください」
 セーシェルが気づいて、階段に向かうプロイセンを止めた。
「なんだ?」
「いや、その、慌てちゃったから、私たちの服とか、散らかってるかも。大丈夫だと思うんですけど、その、もし散らかってたら恥ずかしいので見てきてもいいですか?」
 大丈夫だろうけど、もしかしたら、下着がちらばっているかも、と思っての発言だった。男たちはそこまでの意はくみとらなかった。プロイセンは微妙な顔をしたが、「じゃぁ先に行ってこい」と止めなかった。
「俺の服だったら引き出しに入ってる。下着も忘れんなよ。気持ちわるかも知んねーけど、一枚くらいかっぱらとけ。坊っちゃんのが良けりゃ、客間にこいつのが入ってるよ。頑張って探せ」
 貴方という人は!とオーストリアが湯気を立てたが、なんだよ、他に言いようあうのかよ、とプロイセンは軽い笑いを浮かべた。イギリスとフランスは顔を見合わせた。ハンガリーは、少し嫌そうな顔をした。
 セーシェル、ハンガリー、ベルギーは、3人で二階に上がった。全員で行く必要はないだろ、と男たちは思ったが、口にはしなかった。 「どうしたらこうなるんだ、兄さん」
「知らん。知るわけねぇだろ。誰かなんか知ってるか?」
「うーん、でもチ○コは落ちてなかったよ。ね、スペイン兄ちゃん」
 ロマーノは、俺だけ空気読めるとかまちがってる、と思った。
「……ありがとよ、イタリアちゃん」
 プロイセンは力なく笑った。
「でも本当に大丈夫か?俺たち帰ったら、まだちょっと頭からピーピー鳴ってるドイツとお前だけだろ。オーストリアが近いっちゃ近いが……人がいたからどうってもんでもねぇだろうけど」
 イギリスは、戸惑いながら尋ねた。
「ありがたいが、でもお前らも今日帰りだろ?飛行機やら電車は大丈夫か」
「お兄さんは大丈夫っちゃ大丈夫だし、出来ればねぇほらハァハァぐはッ」
「お前がいるおかげで遠慮なくこのストレスを発散できる。感謝するぜ」
 プロイセンはいい笑顔を作って迷いなくストレートを放った。
「うーん、必要なら一本便を送らせても構わないんだが。それでどうにかなるものでもないよな。俺も帰ったら調べられることは調べておくよ。今はとりあえず寝てろ」
「悪い、イギリス。助かる」
「レディを助けるのは紳士の役目だからな」
 ユーモアのつもりで、イギリスはそう言った。それから、これからどうするかを話し始めようとした、時にセーシェルとベルギーだけが降りてきた。
「ハンガリーとベルギーは、どうしましたか?」
 オーストリアが返事をした。
「ハンガリーさんも、やっぱり気分がよくない、一人になりたいかも、というので、ドイツさんの部屋でそのまま今寝ちゃってます。プロイセンさんの部屋は大丈夫です、片付いてました」
「お、悪いな。じゃぁ寝させてもらうぜ。あ、あとでハンガリーに言っとけよ。そのなりで女言葉やめろって。キモイから」
 プロイセン!とオーストリアが注意した、彼女になった彼は気にした様子はなかった。
「片付けはやっといたるわ。もしかしたら起きたらもとに戻っとるかもな。全部、夢やってん」
「だといいな。じゃ、悪ぃ、寝てくる」
 縮んだ、プロイセンの背中をみながら、ドイツが「姉さんと呼ぶべきなのか?」と言った。答えは、誰も持っていなかった。