フランスは映画が好きだ。絵が好きで、音楽好きで、詩を愛している。つまり芸術を愛している。そして、料理もまた芸術だと考えていた。可愛い女の子や男の子も好きだし、渋い親父や、強き母たちも好きだ。
 そしてその全てがあるこの国を、誇りに思っていた。
 日は巡り、日付は7月15日。それでもこの国は夜通し大騒ぎが続く。それが明けたら、ヴァカンスだ。フランスは、2日程自宅で休んだ後に、ヴァカンスに出かける予定だった。
この日のための公的な仕事があってフランスも疲れはあったが、自宅での宴はまだまだ、これからだ。
 TVの前で、今はカナダとアメリカがゲームに勤しんでいる。その後ろでドイツとイタリアが順番待ちをしていて、日本はドイツになにやらゲームの説明をしている。
 フランスは、今は、日本以外の年上組と、イギリスが「兄さん達から」と言って持ってきた、スコッチ、アイリッシュウィスキー、それからラム酒を開けながらポーカーに興じている。賭け金にはユーロ以外に、ポンドとルーブルが混じっているが気にはしなかった。
「全く、ええ時代になったもんや。50年前やったらこんなのんびり、俺らが顔合わせてゲームなんて考えられんて。ビット」
「確かに50年前ならな、スペイン。だがいい時代かどうかには、疑問の余地が残る。コール」
「イギリス、珍しく意見が合うな。最近は、どっかの若造が、元気すぎる上に、そいつと俺たちとの間でうまく立ちまわろうって奴がいるからな。コール」
「僕はなんとも言わないけどね、フランス君。この先の未来、いつか僕がEUに加盟できることを祈ってるよ。レイズ。手札交換したい人は?」
 ち、とイギリスが舌打ちをしながら、そしたら俺が全力で阻止してやるから安心しろと 答え、手札を2枚捨てて、親のロシアから二枚受け取った。フランスとスペインは手札を変えない。ロシアは1枚を捨てて、1枚引く。
 そうやって3回勝負をして、最終的に勝ったのはイギリスで、それにスペイン、ロシアと、続き、最後がフランスだった。
「ああ、畜生!今日はカードの運がなかった。おい、イギリス、スペイン、お前らこの前まで好景気だったろ?ちょっとはまけろよ」
「知らねぇよ。今、こっちはこっちで、大変なんだ」
「往生際が悪いで、フランス。今日は十分、祝ってもらったから、ちょっとその分け前もろたかてええやろ?」
「よくないよ」
「フランスはロシアに賛成します」
 賭けは賭けだ、といってイギリスとスペインは容赦なく札束を懐にしまった。け、とフランスはロシアに腕を回しながら、悪態をつき、ぐい、と一気にブランデーを飲み干す。
「可愛い女の子に癒されたい。じゃなきゃ、アメリカかドイツでも食うかな」
 フランスが間の抜けな声を出して、天井を仰いだ。イギリスが、食あたりを起こすからやめておけ、と随分なことを言う。ロシアが、じゃぁ、僕はヴェネチアーノ君とロマーノ君に、日本君と、カナダ君を貰うね!とやはり随分なことを言ったが、イタちゃんと、ロマーノは俺のもんやー、とスペインが言うだけだった。カナダは流石に可哀そうだろ、とイギリスは未だTVゲームに夢中な彼らを見やる。フランスも、それを眺める。それから、唐突に、ぼそりと言った。
「……歌でも歌うか」
スペインが、一瞬、目を丸くした。
「歌うん?」
 4人の杯にそれぞれ注がれ、ラム酒の瓶は空になった。
「歌う?」
 未だ顔色が全く変わらぬロシアは、それに口をつける。
「歌うのか?」
 今宵は酒乱にならぬままのイギリスが最後に聞いた。

「歌う」

 そして本当にフランスは歌いだした。低い、テノールのシャンソン。
その声に、コントローラーを握る手を止めて、なんだなんだと、日本やドイツが振り返る。フランス語が公用語のカナダが、ちょっと恥ずかしそうに一緒になって歌い始める。続いえてイタリア兄弟が、歌いだした。
 曲は、”Non,je ne regrette rien”。
 それは、最初にこう始まる。

Non ! Rien de rien       少しも
Non ! Je ne regrette rien   私は少しも後悔なんてしていない!

 勝手知ったる人の家、なのか、いつの間にかてきたのかスペインがギターを、イギリスがヴァイオリンを弾きだした。ドイツは、リヴィングのピアノを前にオーストリアに習ったその腕前を披露しようか迷っている。


Ni le bien qu'on m'a fait       良かったことも悪かったことも
Ni le mal tout ca m'est bien egal !  私にとっては同じこと

 ロシアと、日本があいの手を送り、アメリカが口笛を鳴らした。楽器の音と、朗々と響く、声、声、声。
 フランスは立ちあがり、中央に出て歌っている。


Je repars a zero          またゼロからやり直す


 過去を燃やして忘れるという、強い歌だった。
 そこから、さらに歩く歌だった。この歌の元の歌い手はエディット・ピアフといい、アメリカでもヒットした。決して美人ではないが、チャーミングで、恋多く、波瀾万丈の彼女がこれを歌った時、すでに体は病にむしばまれていた。しかしながら、多くの曲とともに未だ彼女の歌は愛され続けている。


Non ! Je ne regrette rien        私は後悔なんてしない
Car ma vie, car mes joies        なぜなら、私の人生と喜びは
Aujourd'hui, ca commence avec toi !   今日、あなたとともに始まるのだから!


大きく歌いきると、フランスは、淑女を前にするように腕を折り一礼した。


 一瞬の静寂と余韻。その後に盛大な拍手が沸き起こる。誰も彼もが笑っていた。
 フランスも、勿論笑っている。
 いい声でしたよ、日本が素直に褒めた。










どうか、永きを生きる彼らに「La Vie en Rose」(薔薇色の人生)を。