愛のサイケデリック賛歌



 奴には偏執狂の気がある。いや、間違いだ。正しくは、間違いなく偏執狂である。俺は、発見した23個目の盗聴器を握りつぶしながら怒鳴り声をあげて、そのまま拳で、椅子にしばりつけられた奴を殴った。

「いってぇなてめぇ何すんだ!」
「何すんだじゃねぇよこのストーカー無駄に技術投資しやがって!」

 アメリカが、手元にある黒いプラスチック製の機械を見ながら、「あと、あっちにも、こっちにも、本当にたくさん、よくしかけたなぁ」と至極感心したような声を上げた。
 本日の被告人、イギリスさんはあろうことか、ふんぞり返って(かえれないけど)「俺が監視してないと、お前はなにをしでかすかわからないだろう」と言った。俺に打たれた青あざのある頬も、切れた唇にもまた苛々して、もう一発蹴り飛ばしてやろうとしたら、まぁまぁ、とアメリカが俺をなだめだ。
まぁまぁじゃねぇよ。

「謝れ俺に謝れつーかドーバー海峡こっちにわたってくんじゃねぇお兄さんしばらくお前の顔もみたくない」

 半分絶望的に言ったつもりなのに、イギリスさんたら、いつでも男前で俺の話なんてい聞いてくれないの。
 アメリカが食器棚の隙間から24個目の盗聴器と、壁に飾られたアネモネの造花から12個目の監視カメラをみつけて、俺の方になげてよこした。俺は、煙草の吸殻するのとおなじように、それを思い切り踏みつけた。ガリ、と嫌な音がする。奴は、わざとらしく「どうせまた、つけるのに意味ねぇだろ」と溜息をついた。
 そうなのだ。初めてではないのだ。

「これで実に27回目!いいねぇフランス、愛されてるよ〜」
「アメリカ、お前は多分一度、ちゃんとスーパー○イズミーを見るべきだ。もしくは、コカインのはいった飲料をもう二度と飲まないことをお勧めするぜ!多分頭が、化学物質でやられちまってんだよ。おばかなティーン、このままじゃ取り返しつかねぇぜ、なんつったっておまえの育ての親は頭がいつでも獅子座流星群だ」
「まぁ、イギリスの頭がブラックホールなのは否定しないけど、俺はいたって普通だぞ!」
 27回盗聴器しかけられた被害者にたいして「お熱いね」って返事するやつの何がどう普通のヒーローなんだよ。
諸悪の根源は、ニヤニヤ笑いながら俺を見てる。眉をよせて気持ち悪い!と鳥肌をたてたら、今度は縛られたまま腹を抱えて、片足で床を踏み鳴らして笑いだした。もうなんなのこの子!お兄さん救急車よんじゃうよ。黄色い奴よんじゃうんだから!

「何度も言ったのに」
 言葉がのった薄い唇が開いて笑う。声に表情はない。俺の頭のなかで、ファゴットが暗い音を立てる。それに、だんだんとピアノの、何か分からないが、短調のメロディが重なる。
「何千回も何万回も、来るんじゃねぇって言ったのに、お前の顔なんざ見たくもねぇつったのに、最初に俺のところに何度も何度も、俺嫌だっていったのに、来たのはお前じゃねぇか」
 だから認めろよ。お前は俺が好きなんだろ?俺のなんだろ?
 
 その一言に俺はぷっつん切れた。

「うるせええええええ逆だろうがこのクソメルド!お前が俺の領土だろうがお前が俺の事好きで好きでいないとこまるからこんな事すんだろうが!」

 ぜぇはぁと肩で息しながら叫んでから、アメリカが両手を天にむけて「さぁね」のポーズをするのが眼の端にうつった。ああもう、どいつもこいつも!

 はてさて、間違えたのは何だろう。  

 少し、記憶が遠くに巻き戻る。いや、たいしたこっちゃねーんだよ。俺はちゃんと正しく、こいつを厳しく教育したつもりなんだ。俺のだったからさ、ちゃんと。年上をたてるようにってさ。そしたら出来あがったのはとんだ最終形態変態だった。
 奴が言う。いや、音を出したてはないのかもしれないけれど。とにかく、あの喉仏から出た底冷えのするような、それでいて、煮えきった沸騰する腹底の黒いタールを思わせるいつもの低い声が頭蓋骨に響いて、神経を通る。頭痛だ。それが言う。俺が俺である限り、この肉身が虫になっても、その喉を刺してお前を殺す。あるいは、食いやぶり卵を植え付けて喰い殺す。俺の靴の下の土になって、俺の足をひっぱりそのまま下へと引きずり下ろす。
 俺の、お前の。誰が、誰の?

「ああ、畜生!まだこれで、仕かけなおしだ、めんどくせぇ、フランス、お前盗聴器一個いくらするか知ってるか?いい加減お前が金出せよ、カメラ高ぇんだぞクソ」
「イヤ意味わかんねーよなんで自分ちに盗聴器しかけるのになんで俺が金出すんだよそれだったらお前んちの風呂場と寝室に高性能カメラしかけるっつーのお前の恥ずかしいところを俺があますことなく把握してあげるから」
「ふざけんなよぜってぇやだ気持ち悪い!」

 なんて理不尽なことをいうんだこの眉毛は!あいつは、俺の寝首をかくつもりかもしれというが、

(あの喉仏のある首筋は好きだな、なんかエロイから)

 ぎゃーぎゃー喚くときの少し赤くなる頬骨のあたりとか、ボサボサの髪が変に似合う形のいい頭蓋骨だとかが好きだ。

(なんでって言ったら可愛いからなんだけど)

 俺の感性が「あれは可愛いものです」という信号をだしている。あいつの感性が俺をどうみてるかはしれないけど。多分「超絶かっこいい永遠の憧れのお兄さん」だと思う。
あいつが認めないだけで。

奴が奇人であるかぎり、あの肋骨で出来た肉体は孤独に耐えうるもので、結局はひとりでどこにでもいけてしまうのだろう。しかし、だからこそ彼の凶悪な緑の三白眼が、俺に依存してずんずんなだれてくるのは、酷く心地がいい。気持ち良すぎて、息が苦しい程に。
だから、俺は、奴を世界の最終兵器変態にしてしまった責任も含めてきちんと、正しく大切にして、優しくしたくなっちゃう。きちんと包む方法をいつだって探している。だからこうして、毎度毎度(いやぶっちゃけゴキブリ野郎専用殺虫剤で殺したいくらい腹は立つけど)盗聴器だってみつければ潰してやるんわけだ。俺ってば親切!

 俺たちの両者一歩も引かぬ白熱した舌戦に飽きたらしいアメリカが、あくびをしながらいった。
「どっちがどっちのものでもいいんじゃないかい。タダのバカップルだろう君達は?」
『誰が馬鹿だって!』
「ああもう、俺に怒鳴らないでくれよ。もう同棲でもなんでもしちゃいなよ面倒くさいから!」
 青年は心底嫌そうに溜息をつく。
でもわかっちゃいない。どっちがどっちのものであるかが問題なんだ。
それをずっと、ここまで引きずっている。いつも問題なのは、どちらが勝つかだ。相手を認めたうえで、奴が俺のものでなくちゃいけない。それは、多分この可愛い男(凶暴な元々ヤンキー男前)も同じことだ。俺たちの間では、友情だとか、恋だとか(執着と依存をそうよべるなら別にいいんだけどね)どちらがベッドの中で上か下かだとかそういう事は最早何一つ問題ではないんだ。強いて言うなら、この敵意ほどの愛情が見当たらないっていう、多分それだけの話で。
(そりゃーまー、好きですよ。だってエロイ子すきだもん)

「まぁ、本当は俺が二台分の黄色い救急車を呼ぶべきなのかもしれないけど」
 アメリカが、ほほをぽりぽりとかきながら言う。
「そんな親切でもないしね。二人でなかよくラブエクスプレスに乗っちゃいなよ!応援はしてあげるんだぞ」
 そしてまた俺たちの声がそろった。お互いの襟首を掴んで顔面に指をさす。
『ねーよ!』
 なんでって?
900年とちょっと前に顔見せてそれからいつだっけ、覚えてねぇな。でもさぁ、まぁ、知ってるよ。俺達は宇宙船バカップル号に搭乗したんだ。どうだ、すごいだろ。
「こいつのこと監視してなにがわるいっつーんだ」
 イギリスは全く悪びれちゃいない。
「お前、ちったぁ反省やがれこの犯罪者!」
 アメリカがまた「あ、あった」といって、薄っぺらいきかいをなげてよこした。
え、回収した盗聴器とカメラはどうすんのかって?俺の執着は俺だけのもの。つまり俺のキチガイは俺のもの。だから、もちろん、俺の可愛いあの子(最終兵器変態)を、責任もって教育しなおすのに使わせていだたくぜ!