朝・ドイツ人の場合。 (これはどういう状況だ) 真面目と堅実を体現したかのような人物、ルートヴィヒことドイツは、カーテン越しに日の差す白いベッドの中で動揺を隠すことができずにいた。 (落ち着け、あわてるな。まずは状況の把握が第一だ) そうして、先ず、自分を見た。裸だった。シーツの中、下半身も――何も身につけていない。これで自分については確認終了。 では周りの確認だ。 今自分は(裸で)何処で、いつ、誰といるのか。 場所は――身に覚えがない。回りを見渡すと、淡い光のランプや、家具の少ない殺風景な様子からホテルの部屋だと推測された。 自分は、ホテルベッドの中にいるのか。裸で。 そして、目の前には――イギリスが眠っている。そして何も着ていない。 ああそうだ。そうだ。さて、昨日なにがあったのか。 ドイツの精密機械のような頭脳がフル回転で機能し、そして。 「うわああああああああああああああああああ!!!!」 ショートした。 「夢だこれは夢だ。イギリスが隣で眠っていて俺が裸なのはこれは夢だ!」 そう思って頬を叩いた。痛かった。 イギリスは、ドイツの絶叫にもかかわらず全く目を覚ます気配がない。それどころか、涎を垂らして軽く、いびきをかいている。 (そもそも、なんでこうなった?) ドイツは、昨晩のことを必死に思いだそうとしていた。 いつものごとく、会議の後。飲みに行こうという話になった。その日、ドイツはものすごくビールが飲みたい気分だった。 イタリアと飲むと、酒の量が合わない。日本もだ。ドイツは、日本の3倍、イタリアの2倍はアルコールを飲む。 では同じく飲むフランスからは、ワインの芸術性を、とくと説かれる。ドイツもワインは好きだが、そうやって飲むのは好みではない。同じく、ビールを批評されて気分を害したらしいイギリスが、ドイツと共に、ワインの地域別摂取量やフランス産ワインの低迷、さらにはホップで醸造するビールの製造過程の素晴らしさを統計的に説明し――せっかくなので、二人で英国産ビールとドイツビールを飲み比べするに至った。 イギリスは、決して欧州の中でも酒が弱い方ではない。酒量だけならあのロシアと並ぶ。 しかし、酔い方が悪い。昨日も彼は、皮肉とユーモアを吐きながら只管に飲むだけ飲んで、絡んで来たのだ。さすが年上と言うべきか、それとも年上なのにというべきか、彼は有無も言わさずドイツの個人事情を聞きだした。そして言った。 「は?お前それだけ生きててマジでチェリーボーイなのか?」 殆ど信じられないといった様子でイギリスは言った。人と性の話をするのが苦手なドイツは真っ赤になったが、イギリスは面白いものでも見つけたように5センチ下の目を細めてドイツを上から下まで舐めるように見た。「……童貞なぁ」との呟きに、相性が悪いのにもかかわらず飲みに行ったのが間違いだったと顔を伏せた。 「俺がお前くらいの時はとうに遊び放題だったが……中世なんざ13、4で初めてなんざ普通だったしな。時代の違いか?そうか、お前、初ものか。悪かったな、前に遅漏とかいって。むしろ逆だよな!」 「そんな言い方はやめてくれ!」 イギリスは酷く楽しそうに笑って、よし!とドイツの肩を叩いた。 「わかった。俺がお前を大人の男に変えてやる。ついて来い!」 そういうと、無理やりドイツの腕を引っ張って店を出ようとした。彼は、完全に酔っぱらっていた。 「おい!俺は風俗に行く気は、」 強引に進む彼にドイツが異を唱えると、イギリスは「あ?」と柄の悪さを丸出しに振り返った。 「ガタガタ言ってんじゃねぇよ。ティーンが筆おろしの為にプロと寝るなんてよく話だろ?お前、そんなだからまだなんじゃねぇのか」 そう言われて、ドイツは黙ってしました。 「大丈夫だって。後悔はさせない」 ドイツはその言葉を信じることができなかったが、DVDのラインナップが素晴らしくても、まったくもってその方面に強くなかったために、年上の強引さに負けた。「プロイセンはお前に、何も教えなかったのか?」等と、イギリスはいらないことばかり言いながら、無理やり彼をホテルに引っ張って行った。 「シャワー浴びて来いよ」 部屋に入るなり、開口一番、彼はそう言った。イギリスがとった部屋はダブルベッドひとつしかない。ドイツは、軽く混乱しながら、いわれるままにシャワーを浴びた。浴びながら、まさかイギリスはこの間に3人、ないしはそれ以上で楽しむために電話をかけてるのではないか、いやそれしかない!と思って酷く憂鬱な気分になった。 (こういうのはもっと、こう――違うものなのではないか?) ドイツはそう思ったが時はすでに遅い。この間に、酔いが覚めてイギリスが、冷静になっていることをの祈った。そうすれば、きっと彼の性格上、全て何もなかったことになるに違いない。覚悟が決まらないまま、タオルで体を拭き、バスローブを身に着けてシャワールームを出た。イギリスは、スーツ姿のまま、ベッドの端に座っていた。 ドイツが所在なげにしていると、彼は「お前、髪おろすと可愛い顔してんだな。まぁいい、座れよ」といって、自分の隣を叩いた。酔いはさめていなかった。ドイツは、暗い気分のまま彼の横に座った。 「よし、いい子だな」 イギリスはまるで優しく笑って――ドイツをそのままベッドの上に押し倒してその上に乗った。 ドイツが唖然としていると、彼は自分で自分のネクタイを片手でほどきながら、もう片方の手をベッドについていった。 「大丈夫だ、心配すんな。俺は下手じゃない。ちゃんとお前を気持ちよくしてやるよ」 そうして、そのまま、イギリスはドイツの腕を押さえつけて軽く彼の口に触れるだけのキスをした。ビールの匂いがした。しかし、ジン……、と体の芯に何かが走った。 イギリスは口を話すと軽く笑って、多分赤くなっているだろうドイツを笑って「お前可愛いな」ともう一度言った。 ドイツは彼から逃れようと抵抗し、口を開いが。しかし、「お、落ち着けイギリス。俺たちは……女は」と支離滅裂に叫ぶことしかできず、イギリスから失笑を買っただけだった。 「ああ?はじめては俺の尻じゃなくてせめて真っ当に女がいいってか。贅沢だなお前。童貞すてれるならいいだろ?俺も久々の初もので興奮してるんだ。なぁ、怖がることはないんだ。下でいいようにされるのがどうしっても嫌だっつーなら変わってやらんことはないが、な?大丈夫、気持ちいいから」 そう言ってイギリスはにっこり笑うと、ゆっくりとマッサージをするようにドイツの両腕を撫でながら、またドイツにキスをした。ドイツに出来るのは目をつぶることだけだ。イギリスは、なんどかドイツの唇を啄み、そっとその端に舌で触れてから、まるで自然に口内に侵入してきた。プロの女よりも、性質が悪い。 ドイツは、自分の意識が白くなっていくのを感じながら、神を毒づいた。イタリアの時といい、神は俺をどうしても男とさせたいのか!だんだん、深く、激しくなる口づけに、意識が奪われて、体が熱くなり、体の皮膚に何かが走っていくのを感じながら、ドイツはただ「エロ大使」という言葉を思い出していた。 朝・イギリス人の場合 (やっちまった) イギリスは寝たふりをしながら、必死に昨日何があったかを思い出していた――というのは間違いで、彼は殆どすべて覚えていた。彼は、酒で記憶をなくしたことはあまりない。どちらかというと、いつも全てを覚えているが故に死にたくなるタイプだ。 (ああ畜生、腰いてぇ!何回やりゃ気がすむんだよ。これが若さってやつか?) 隣で、ドイツが昨日に引き続き混乱しているのをほっておいて、イギリスは目をつぶったまま必死に頭を回転させていた。 この場合、俺がもろもろの責任とんなきゃならねぇのか。つーか、プロイセンに恨まれそうだな。フランスにばれたら不味い。二人揃って笑いの種だ。イタリアは……まぁいいや。 イギリスは薄眼を開けて、打ちひしがれているらしいドイツの様子に多少の罪悪感を感じた。うん、悪かった。純情(?)な若人で遊んで悪かった。 温かいベッドのなかで寝返りを打ちながら、イギリスは、女性の一人や二人紹介してやるべきか、これを機に男しかだけなくなったらどうしようかとかいろいろなことを考えた。ドイツは根がまじめなので、変にことを構えていたら厄介だ。 あーでも、昨日思ったほど悪くなかったし、体はいいし、まじめで器用な分これから開発し甲斐はあるかもな、って駄目だろ俺! とりあえず、心のケアまで自分の仕事だ。イギリスはそう腹をくくって、彼に背を向けてベッドに横たわったまま「ドイツ……」と口を開いた。 ドイツは、おおげさにびく!と肩をはね上げ、ギギギギと音がしそうなほどゆっくりとイギリスの方へ振り返ったが、何も言わなかった。イギリスは、寝がえりを打って体の向きをかえ、ドイツの顔を見た。泣きそうな顔をしていた。 「……おはよう」 「ああ、おはよう」 沈黙。良いと熱が冷めてしまえば、基本的に真面目な二人だった。イギリスは罪悪感はあったが、何も言われていないのに謝るのは違うきがして、言葉を選ぶのに時間がかかったが、それでも気力と体力を振り絞って、また口を開いた。 「ドイツ。お前が知っているかどうか知らないが、大人の選択肢に、何もなかったことにするっつーのがある」 ドイツは何もいなわない。イギリスは心の中で溜息をついた。 アフターケアまでサービスに含めろっていうなら初回特典で考えてやらないこともない」 ドイツはうつむいたままだ。前髪が垂れている。その髪型にしてりゃ可愛いのに、とは言わず、イギリスは意を決して起き上がって、ドイツの頬にキスをして、頭をなでた。 「大丈夫だ、お前ならこれから先もっといい経験ができるさ」 イギリスが慣れない慰めの言葉を口にすると、やっとドイツは顔をあげて「本当か?」と聞いてきたのに、イギリスは内心ほっとした。 「きっと。この誠実さに欠けた時代でお前のまじめさは貴重だ」 さぁ頑張れ俺の舌。ここは口八丁の見せ所だ。 「若さも武器だし、しっかりもしおてる。うん、お前はいいやつだ。俺が保障してやる」 (何せ今まで一度も訴えてやるとか言わないし) イギリスは内心、冷や冷やしていたが、ドイツは「わかった。ありがとう」と言ってうなづくと――そのまま、イギリスを抱きしめた。急なことで、今度はイギリスがびっくりする番だった。肩幅が広い、と思った。 「……ことの後の朝にはほ、抱擁が必要だと昔、本で読んだ」 「ハァ?!おま……ッ!」 今度はイギリスが真っ赤になって俯く番だった。筋肉で少しもりあがった肩に額をうずめながら、イギリスは聞こえないように小さく「馬鹿ぁ!」と呟いた。たぶん、ドイツも赤いだろう。 耳が熱い。イギリスは自分の背に回るドイツの腕の力に「これが噂のムキムキか。確かに温かい」と思った。悪い、とは決して思わなかった。 |