それは彼が、気分よくディスプレイの前で18禁サイトを巡回しているときにおこった。

『ちょっとかくまえフランス!』

ぴんぽーん、と玄関のベルはならず、ばたーんと乱暴にフランスの部屋の扉は開かれた。いやな予感っていうかこれ嫌な確信だよなくそったれと思いながら、フランスが振り返るとそこには息せききった1000年来の旧知が二人いた。イギリスとプロイセンとは、どうみても不吉な組み合わせとしか彼には思えなかった。
「帰れ。今すぐ島と黒い森に帰れ!」
用も聞く前にフランスは、二人をにらんでそう答えたが、彼等は「ぜってぇやだ」と輪唱し、ずかずかとその歩みを進めた。
「お前なに、見てんだよ。あ、エッチなサイト?」
そう言って紫のパーカーにジーンズというラフな格好をしたプロイセンはニヤニヤしながら画面を覗き込んだ。
「お前また女の子に振られたのか?哀れなやつ」
「黙れイギリス。世界で一番エロい都市はおまんちのバーミンガムだ。つまりはお前のケツの穴だ」
イギリスはフランスの首を裸締めしながら、ぐぇっという蛙の悲鳴は無視して、キーボードの前に手をついて画面を覗き込んだ。
左右ゲルマン系に挟まれたフランス(首絞められてる)はあまりいい気分ではなかった。
え、なに、お兄さんこれから、画面の前の柔らかそうな女の子みて楽しいことするはずだったんだけどなんなの、どうしてお前らゲルマンな血をひいた人たちはフランスの邪魔をするの何これ、この二人とかトラファルガーとワーテルローの再来か?
「ぶつぶつうるせぇよ、髭焼き切るぞ……。あ、この女いいな」
「どれだ?」
話にのるなプロイセン。お前ら国境超えて何しに来た。っつーか首はなせ。
「右から3番目。胸から腰のラインがいい」
「お、確かに。イギリスお前わりとしっかり肉ついてるのが好みだよな」
「いや、この子も悪くないけど、俺としてはこの子なんかがお勧めだ。DVD持ってるんだけどな、声がいいんだよ」
女の子に夢中で気がついたら首にかかる腕の力がゆるまっていた。だからフランスも結局話にのってしまった。基本的にこの3人は色ごとを楽しむということにたいしてさしたる抵抗はなかったのだった。
そうしてしばらく、3人が3人とも最近お気に入りのAV女優についてお互いお勧めHPなぞを披露しながら話をしていたが、のどが渇いたらしいイギリスが、「客には茶か酒でもだせよ」といったのに、フランスははっとした。1000歳を余裕で超える爺さんたちが雁首そろってエロトークをしてる場合ではない。
「お前ら何しに来たんだ!つーかかってにウチ上がるな、俺玄関のカギしめてたはずなのになんであがってんだよ!」
その答えに対してイギリスは晴れやかに答えた。
「うちの諜報機関をなめんなよ」
プロイセンは高笑いしながら言った。
「え、そんなもんピン一本ありゃ十分だろ」
もうやだ、お兄さん。西のゲルマン系の海軍と、東のゲルマン系の陸軍に俺はどれだけ虐げられてきたか……お前らさえいなければ今頃世界はフランスのものだったのに!!!と物騒なことを考えながらフランスは大仰に溜息をつき「……ワインでいいか」といった。お前ら酒グセ悪いから嫌なんだよ、と思ったが口には出さなかった。出て行ってくれないなら話位は聞いてやった方がいいだろう。
「おせぇよ馬鹿。気がきかねぇな」
「しょうがねぇよイギリス。だってフランスだ」
そうだな、イギリスはいい、二人はそっくりと言っていいくらいの同じような高笑いをした。フランスはこめかみに青筋が立つのを感じながらも「あとで覚えてろよ」と低く言ってワインセラーに消えた。
一番、安いワインだと文句を言われそうだったので、中程度のワインを3本選び、2本を二人に差し出すと、それでも「ダンケ」「サンキュ」と返ってきた。
3人で床にすわりこんで酒をビンから直接煽るさまは、悠久を生きる不可思議な生き物というよりも、ただの青年たちのようだった。
「で、プロイセンはなんでフランスんちに来たんだよ」
最初に、口火を切ったのはイギリスだった。プロイセンは意外そうに眼を広げ、「なんだよ。俺はあとでいいからお前から言えよ」といった。
「何なの、お前たち。別に一緒に来たわけじゃねえのかよ?」
「ああ、ばったりおまえんちの玄関で遭遇した」
プロイセンの答えに、遭遇すんな、つーかうちに来るなとフランスは思ったが言わないでおいた。
「かくまえつってただろ、プロイセン。何から逃げてんだ。またハンガリーからか?」
フランスがからかい半分でそういうと、プロイセンは顔を赤くしながらちげぇよ!と怒鳴った。それから、目線をそらし、「ちょっとな……」と苦そうに、口にを濁した。
「なんだよ、言えよ。気になるじゃねぇか」
「そういうならお前から言えよイギリス。お前が言ったら俺も言うよ」
そうプロイセンが言うと、今度はイギリスが眉を寄せた。
「どっちにしろ俺に迷惑がかかるよーな話なんだろーが、さっさと言えよイギリス。俺はどっちからでもいいが、なんとなくお前から話を聞くことにする。プロイセン」
「おう」
ちょ、お前ら!とイギリスがいうより早くプロイセンはガシ!とイギリスを後ろから羽交い絞めにした。それからフランスは指を「わきわき」させて、にっこり微笑み――次の瞬間。
「わあははははははは!くすぐっ……やめろああああああわははは」
フランスはイギリスの全身を、特にわきの下を中心にしてくすぐった。フランスを蹴りあげようと足が動いたがプロイセンが羽交い絞めにしてるせいもあってかあまり効果はなかった。
しばらくして、「わかった、話す、話すって!」とぜぇはぁ息をきらしながら言ったので、イギリスは解放された。解放されたついでに、二人の腹にグーをお見舞いしたことをイギリスは一つも後悔してはいない。 奇妙にざわついた場の後の、奇妙な沈黙の後、ようやく意を決したように、イギリスはその口を開いた。
「アメリカが」
そしてその口は再び閉ざされた。彼はうつむき、その深刻そうな顔を神妙な表情で残りの二人が覗き込んだ。イギリスは小さく息を吸って、二人に顔を合わせないようにして続けた。
「しつこんだいよ。色々。俺、若くねぇつってんのに会える間だけだからとか言って毎晩毎晩とかあの馬鹿体力につき合わされてみろ、死ぬぞ。精魂枯れ果てる。俺はまだ死にたくない」
フランスが、あまりの事に「お前惚気なら帰れ」という前に口を開いたのはプロイセンだった。
「なんだ、お前もかイギリス」
フランスは耳をふさぎたくなったがそれは間に合わなかった。
「なんで若い奴らってああもう精力あふれてんだ?俺らが若い頃にはもっと節度がなかったか?つーかなんで俺がヴェストに縛られなきゃならねぇんだ?泣いて懇願するまで許さないってお前、兄に向って何言ってんだお前頭大丈夫かって俺は可愛い弟が心配でならねぇよなんであんな変態に育っちまったんだか」
それはお前が育てからじゃねぇかな、ついでに、お前らが若い時分どれだけ放蕩だったかお兄さん生き証人として知ってるよとフランスが突っ込む前に、兄二人は回想モードに突入した。やばい、こいつら酔いかけだ。
「ああ本当だよ、昔はあんなに可愛かったのに」
「だよな。子供のころは弟って天使みたいなのに成長するとなんでああもムキムキ魔人になるんだ?」
「そんな弟といちょいちょにゃんにゃんしてるのはどこの誰だよ」
『黙れカエル』
「うるせぇヘタれネコ男ども。それ以上のろけるなら今すぐここで携帯でお前らの弟に電話かけるぞ」
そしたら携帯へしおってやるよ、ハッハッハ!とプロイセンが笑った。だめだ、こいつらなら本当にへし折る。ついでに家電も破壊しかねない。
「で。それがなんで俺んちに来るのにつながるんだよ」
イギリスは言った。
「アメリカが『やぁイギリス元気かい!時間がとれたんだ今から新開発の戦闘機でそっちに向かうよしばらくこの間に日本に完全なる飼○っていうDVD借りたんだ。あれ見て思ったんだけど監禁プレイしようね一杯可愛がってあげるから』というのに身の危険を感じて。体力もたねぇよ俺もう年なんだから」
「どこに突っ込めばいいかわかんねよ」
「それはよくねぇだろイギリス。個人に会うたんびにアメリカからイギリスまで戦闘機ふっとばしてたら二酸化炭素が無駄に排出されちまう」
「そうなんだよ、俺も毎度言ってるんだが聞きやしねぇ」
「ドイツが聞いたら胃薬とってきそうな話だぜ。俺から根回ししてドイツにアメリカへ環境保護にもっと気を使えって圧力かけるようにしとくか?」
「いや、そこもだけどそれはっ突っ込み所じゃねぇよ!」
フランスはそりゃこいつ等に育てられたら立派な変態に育つよな、元祖変態が新☆変態を生み出しただけだな、とよく知る眼鏡の青年とオールバックの青年を思った。隣国のことならよく知っている、青年よ、爺ちゃんお前らを救えなくてすまんかった。
「で、プロイセン、お前はどうなんだよ」
話を聞けゲルマン系!とフランスは叫んだが酒の入った彼等はまったく聞いていなかった。
「ああ、実はな。今日あいつの部屋に入ったらまぁ別にSM趣味のDVDが発見されたのはゲルマン国家共通みたいなもんからいいんだが、あいつの日記見つけちまった少し読んじまったんだよ。なんか弱みでもねぇかなーと思ってな。そしたらちょうどいいページであいつが部屋に戻ってきちまって「兄さんには罰が必要だな……」とか呟きやがったからその場で窓から飛び降りて逃げだしてきた」
「ドイツの日記か。確かに何が書いてあるか気になるな」
「だろ!」
「……そんなんでユーロスターにのるな、トンネルも超えるな」
フランスは頭を抱えた。
「で?だからってなんで俺んちに来るんだよ。もろ見つかりそうな場所じゃねぇか」
「いや、まぁそうだが他に逃げ場がねぇ」
「うちは避難所じゃねぇ。ドイツとアメリカに俺の家が破壊される前に今すぐ帰れ」
「まぁでも見つかったとして、他の国やら自国の中でにげて国民や他国に迷惑かえるのは流石に心苦しいが、お前なら問題ねぇだろ」
「お前らはフランスに対する愛が本当に足りない……」
足りないんじゃねぇ、存在しないの間違いだ。そういってイギリスはフランスの肩を抱いた。フランスは泣いた。
そして。
ピンポーン。とベルが鳴った。
その音に急にびくりとゲルマン系兄貴分二人は身をすくませた。
「俺たちはいないことにしろ。フランス。頼むから」
いや、どう考えても無理だろ、とフランスは思ったが、そういうイギリスの顔は真剣だった。
「本当、大変なんだ。元兄として元弟の頼みをかなえられないのはそれなりにつらいんだが無理、絶対無理!死ぬ、壊される!」
そう叫ぶイギリスは半分恐慌状態だった。プロイセンは肩を抱いてカタカタ震えている。なに、お前ら、ここまでギャグな展開だったのに、割と本気で逃げてたの、とフランスは半ばあきれた。
投げやりにフランスがそういう間にもピーンポーンと音が鳴り続けた。それにドアを馬鹿力で叩く音。たぶん二人分。このままではドアが破壊される。かくまったところで部屋中荒されて終わりだ――。そう合理的に判断したフランスは、哀れな子ヒツジとはあまり呼びたくない存在二人を容赦なく若者二人にささげる算段を決めた。
玄関ではちょうつがいが完全に破壊される嫌な音がし、それから、土足で大股に廊下を歩く音が、3人の居る部屋にまで日々渡った。怯える旧敵を見ながら、フランスが、これがさっきまで一緒に女の裸見ながら猥談してたやつらと同一人物なんだよな、とぼんやり思った。
「やはりここに居た。プロイセンの臭いがすると思ったんだ」
オールバックの青年は無表情にそう言った。
「なんでイギリスは俺から逃げたんだい?それとも捕まえて欲しかったのかい?」
眼鏡の青年はにっこり笑ってそう言った。
フランスはそんな彼らを見上げて、一言「はやくお前らの兄貴を持って帰れ」といった。
それでも何故かなお逃げようとする、イギリスとプロイセンを二人は易々と、そして容赦なく頚椎に一発いれて昏倒させると幸せそうに肩に抱えた。
その様子に、フランスは、アーメン、と十字を切った。
「ドイツ、アメリカ。お兄さんからのお願いなんだが、そいつらは一応俺の旧友なんだ。あまり無茶はさせないでやってくれないか。偉くおびえてたぜ」
「覚えておくよフランス。でも彼が逃げなきゃいいだけの話だよ。俺はこれでも彼が好きなんだ。実際に連れ帰ってどうこうしてないんだけでも理性が持ってると思ってくれよ」
対してドイツは何も言わなかった。ただ、年上を相手にするのは若造には骨が折れるのだ、とだけ言った。アメリカは全くだ、とそれに笑って同意した。
多分いろいろと、兄の、年上のプライドをえぐりとるような、非道いことをしているくせに、弟たちの彼等が担ぐひとを見る目と手つきが大層、愛おしそうなのを見て、やはりお前らの育て方は悪かったんだ、とフランスは旧友に同情した。
迷惑をかけた、と言って去る二人を確認し、フランスは再び、ひとりでパソコンのディスプレイの前にワイン瓶を抱えながら座った。