「邪魔するよ」


そう言ってアメリカは、「Green sleaves」の休憩室に入って内側から鍵をしめた。
広い休憩室の中には、今は黒の仕着せを着たままパイプ椅子に座り、テーブルに皮靴をはいた足をのせているイギリスしかいない。
返事を聞かないまま、アメリカは、どかっ、と音をたててそ横こに座って頬杖をついて彼を見る。


「ガラが悪いよイギリス」
「いいだろう。誰が見てるわけでもなし」


俺が見てるよ、とアメリカは言うと、ならいいじゃねぇか、と言って足をおろした。
テーブルの上にはたばこが載っている。吸ったの?とアメリカが嫌そうに聞くと、いや、と彼は首を振った。


「それはフランスのだよ。吸いたいけど、吸うとこの服ににおいがつくからな」
「生徒会長がタバコ吸うなよ、このヤンキー」
「な!ヤンキー(アメリカ人)はおまえだろ?」


そう言って彼は憤慨する。その様子にアメリカは笑った。
部外者は本当は入ってはいけないが、この休憩室で今、この時間なら、誰にも見られずに二人でいれた。イギリスはそのために彼に場所を教えていたし、鍵を開けて待っていた。


「それに今は吸ってねぇよ」
「本当に?」


ほんとだよ、と言ってイギリスが左手を伸ばしてアメリカのネクタイを引っ張った。アメリカの目に真っ黒い彼の服が映る。なんだかなぁ、と思いながら眼鏡をはずし、瞼を閉じて彼の頭をだいた。それからしばらくして、唇を離して目をあけた。


「……苦い。紅茶の味がする」
「さっきまで飲んでだからな。でも煙草の味じゃなかったろ?」


そう言って彼は甘い声を出した。ぴったり閉じられた襟元から除くイギリスの白い首筋が目に入る。


「……!」


思わずアメリカはイギリスの肩を突き放す。その力の強さになんだよ!服にしわが寄るじゃねぇか!とイギリスはびっくりして抗議をする。アメリカが赤くした顔を右手で押さえて「あー」とうなりながら天を仰いだ。


「……したいなぁ」


ポツリ、とアメリカは呟いた。は?とイギリスが服を整えながら首をかしげる。


「前から思ってはいたんだけどさ。君が執事の服着た状態で、君に旦那さまとか呼ばれながらしてみたい」
「な、な、な、な、な、」


今度はイギリスが真っ赤にな番だった。口をぱくぱくさせながらまだ赤いアメリカを見ている。


「何だよ、イギリス」


顔を覆ったままイギリスに聞くと、彼はヒステリーみたいに叫びだした。


「アホかお前!この場でやったら、腰痛めるうえに、服に青臭いにおいつくじゃねぇか!俺このあともまだ仕事あんだよ、お客様の前でそんな状態で接客できるか」
「……アホは君だよこの変態!何一足飛びで、今この瞬間ここですることになるのさ!ホテルにその服だけ持っていてプレイするとかいろいろあるだろ?!」


え、と言って今度はイギリスが片手で顔を覆う。
しばしの沈黙。したのちイギリスがアメリカから目をそらした。


「……いやでも、1回くらい、ガッコの制服のお前と執事服のまんまここでやられてみたかっ」
「君、小声だけど素面で何凄いこと言ってんの?!」
「うるせぇ願望を言っただけじゃねぇか!」
「うるせぇ、じゃないよ、勃っちゃたじゃないかこの変態!ド変態!」
「俺だって勃ってるよ、このばかぁ!」
「このばかぁってそれはこっちのセリフだよ馬鹿!変態だ、君なんて変態だ、年下の純情返せ俺まで変態みたいじゃないかーッ!」


ぜぇはぁぜぇはぁ、二人は荒い息をついてそれからやはり二人して項垂れた。


「……今はしねぇからな。口でもしねぇからな。勃ってても、落ち着くまで我慢しろ」
「言わなくても知ってるよ。そういう君は落ち着くの」
「仕事になったら流石にな、いざとなったら抜いてから行く」


君はそう言うやつだよ、と思ったことは言わずにアメリカは溜息だけついて、机に組んだ腕の上に顎をのせる。やっぱり、きっちり閉じられたままの襟元からのぞく首は綺麗で、あとをつけたくなる。つけたら、まっさきにフランスにお互いからかわれて死にたくなるから絶対にやらないが。
でも、こんな格好されて、仕事でも旦那さまって呼ばれたらなにか来るものはあるじゃないか。しょうがない。未だにつけたままの手袋を脱がして、その指に触りたいと思うじゃないか。


「ここでなんてヤダよ。またここで、会うたびに思い出しそうじゃないか。っていうか次にここで会う時に、この会話思い出しそうですでに俺は恥ずかしいよ」
「え、思い出すのが寧ろいい……」
「君って本当、予想の斜め上をいく変態だよね」


なんだその表現は、とむすっとイギリスがいった。日本から教わったんだよ、とアメリカは返す。くだらなくて疲れてしまう。無駄に体力を消耗する気がする。
誰にも見られずに二人きりなんて時間そうはとれないのに。
いや、この人がこの、もはや俺は誰に嫉妬していいのかわからないのようなバイトやめたら取れるんだけどさ。そしたらここで会うことはなくなるのか。そしたら、また隠れてある場所さがさなきゃ。まぁ、俺もバスケとか部活やってるしな、仕方ないかな、とか思う。でも理不尽だ。理不尽。理不尽だ。好きだ。いっそ、理不尽さが、好きだ。Fuck!畜生。最低だ。相手がどう思っているかはしらないけどさ。
目元を赤くしたまま、遠くを見やるイギリスの横顔をみて、アメリカは、そう思った。


「イギリス」


なんだ、とこっちを見ないまま、彼は答えた。


「旦那さまって呼んで」


ハァ!?と彼が声を荒げてこっちをみる。眼鏡をつけないままの強い眼で、彼の緑の眼をみると彼は気圧されたようにう、と黙った。アメリカは「呼んでよ」とはっきりまた言った。彼が、童顔の割には少し低めの掠れたテノールで「旦那さま」と口を動かした。
アメリカは体を起こして、彼に近寄ってそのネクタイを引いた。彼はされるがままだった。イギリスの目に、パーカーに学園の制服姿の自分が映っているのが見える。アメリカは、それから、彼の右手を取って、その白い手袋をとり、自分の骨ばった指と、彼の骨ばった指を重ねた。ほんの一回りだけ、自分の手の方が大きいのに満足感を覚える。イギリスの唇が動いた。いけません、おぼっちゃま。と。


「旦那さまだよ」


いけません、旦那さま、と彼が言いなおす。耳を赤くして俯いている。この耳は好きだな。と思った。小さな耳。アメリカは、さらにぐい、とネクタイを引っ張って、片手を取ったままイギリスの顔を覗き込んだ。彼は目をそらした。


「来て。それからそのまま俺の膝にのって」


恐る恐る、イギリスがアメリカの顔を見た。真っ赤だった。イギリスは強く歯を噛みながら黙って従った。あ手をはなしてその腰を抱く。彼にあたる、と思ったし、彼のがあたってると思ったけどまぁよかった。旦那様、とまたイギリスが言った。アメリカは頑張れ俺の理性、とどこかで言い聞かせなら出来る限り余裕ぶって笑いかけた。不安そうに、イギリスがアメリカを見下ろしている。


「今はセックスできないから」


そうネクタイに触れていた右手で首筋を、腰を抱いていた左手で服の上からイギリスの背中をなぞった。
ぴくりとも動かないまま、彼の体が緊張していくのが分かる。首筋を触れていた手で今度はシャツの布越しに彼に触れる。体を支えるように、イギリスがアメリカの頭を抱く。そうすると、紅茶の匂いがアメリカに広がった。上から、何回か、彼が、旦那様、とか、いけません、と呼ぶ声がする。
優しく唇だけで襟からのぞく首に触れる。そうすると、は。とイギリスが何かをこらえるような息を吐く。
腰に回した手でまた服の上からそっと背中をなぞる、と、あ、と抑えた、しかし強い声が漏れた。


そこでアメリカはイギリスの上半身を少し自分から離して、彼の顔を見る。イギリスは少し戸惑っている。
「動かないで」と命令すると、体をこわばらせて「かしこまりました」とだけ彼は言った。アメリカはイギリスのネクタイをはずし、それからゆっくり、第1ボタンと第2ボタンをはずす。イギリスが、小さく何か声を漏らした。それは気にせずに、見えた鎖骨と鎖骨の間のあたりに舌をはわす。それから噛んで吸った。ああ、とイギリスが甘い声を漏らした。顔を話すと、ちゃんと隠れる位置に赤い痕がついた。それを確認してから、またボタンをとめてネクタイをしめて笑ってやる。


「おしまい。本当だったら押し倒してやりたいところだけど紳士だから我慢する」
そう言って笑ったら膝にのかったままの彼に、「ド阿呆!」スコーン!と頭を殴られた。痛い。
「え、何それ俺いますっごい我慢してるんだけど!」
「馬鹿、俺だって我慢だよ、このハンバーガー!」
「そんなの当たってるから分かるよ!」
「言うな阿呆!」


ああもう、といってイギリスはそのままの体勢でもたれかかった。
どちらともなく、馬鹿らしくなって笑って、そのまま触れるだけのキスをする。


「で、どうする?するのしないの?」
「あほ、しねぇよ」
ポカリ、とまたイギリスはアメリカの頭を叩いた。殴り過ぎだよ。とアメリカは抗議した。
「じゃぁひっつくのは?」
「まぁそれくらいならいいんじゃねぇの?ただし服を汚すな、皺も寄せるなよ」
「注文が多いなぁ使用人のくせに」
ほっとけ、とイギリスは悪態をつく。やっぱり理不尽だと思う。理不尽だと思うけれども。



「好きだよ!」
そういって、痛い!と言われるほどに頬をすり寄せて抱きしめた。