「朝だ、イギリス、起きろ」
日差しの向こう側に、男の顔。けれど、逆光でよくみえない。眩しすぎて、今日、雨が降っていたらよかったのに、と思う。
「ん……」
ゆっくりと体を起こすと、いつものように笑うフランスの顔が見える。彼の、大きな手が頭と頬をなでる。じ、と青い目にみられると、どうしても目をそらしたくなる。イギリスはなんとかそれをこらえた。苦しい。
フランスは、笑っているのに、同じように苦しそうな顔をして、イギリスの両頬を包み込むと、そっと額にキスをした。それから両の頬。左右2回ずつ頬ずりする。髭がくすぐったくて少し不快だ。
イギリスからは返さない。ただ、じっとしっている。フランスの顔が離れた。まだ小さなイギリスの何を言うべきかがわからなず、ただ口をつぐんでいる。フランスは、小さなイギリスの両腕を抱いた。それからそっと、口づけた。フランスは目を閉じている。イギリスは目を開けたまま、呼吸を止めた。胸に吐息がたまる。掴む腕が痛い。数を数える。5、あたりで苦しくなってそれが出来ない。
フランスは眠りから覚めるように目を開けて、イギリスを離した。腕が震えている。イギリスは自分の髪の毛を掬うフランスを見上げた。
「メシ食おうか」
イギリスはだまって頷いた。白いシャツに着古したインディゴブルーのジーンズを履いた後ろすがたに付いていく。彼が歩く先は、いつも強い柑橘系の香りがした。
パジャマを着たまま、えっちらおっちら歩く。
テーブルの上には、サンドイッチと、今日絞ったオレンジジュース。彼が作るごはんはとても美味しいくて、すぐに幸せな気分になってしまう。
うまい、というと、彼は「お兄さんに惚れるだろ?」とよく分からないことを言う。そんなことはない、とイギリスは正直に答える。この時間は決して、嫌いじゃない。
「イギリス。お前のことが好きだよ」
本当に、好きだよ。
それを聞くと、泣きそうになる。優しい。彼は、優しい。
「フランス」
「ん?」
だっこ、とか、そういうことを言おうとした。けれど、小さなイギリスには、言える言葉がなかった。
ル・ベベ――。
そういわれて、あの腕のなかで眠りたい。
「フランス」
もう一度言った。
「兄さん、のこと、多分嫌いじゃない」
フランスは、ぱちくり、と目を広げてそれから少し涙ぐんだ。
兄さん。
「ありがとう、イギリス」
いって、フランスは泣いた。イギリスは驚く。彼は手を伸ばして、イギリスの小さな手をのばして握った。
「俺の1500年には意味があるんだろう」
イギリスは、ん?と首をかしげた。
「アメリカの400年にも、意味があるんだろう。お前がそうなったのも、全部、意味があるんだろう」
やりなおせなんざしねぇが、とフランスは呟いた。
「お前が元に戻るか、それともこのままでっかくなるのかわかんねぇけど」
覚えとけ、少なくとも俺は今、お前が本当に大切なんだ。
「わかったか?」
涙をぬぐいながらフランスは、たまにイギリスをからかう時と同じように笑った。イギリスは、うん、と頷いた。
「フランス。ココアが飲みたい」
「わかった。入れてやるよ」
フランスは立ち上がって、冷蔵庫から牛乳を取り出す。その後ろすがを、ずっとずっと前から、しっているような気がする。いや、でもその時はこんなに大きくなかった。
なんだろう?
「あっついからな、火傷すんなよ。少し冷ましてから飲め」
いつの間にか、湯気の出ているマグカップが目の前にある。フランスは新聞を読みながら、コーヒーを啜る。
「……保育園、今日も行かなきゃだめなのか?」
イギリスが恐る恐る聞いた。フランスが外へ仕事に言っている間は外に預けられる。話がうまく合わないので、イギリスは保育園が好きではなかった。
「仕事があるからな。ランチボックスももってけ。他の子たちと仲良くしろよ。大丈夫だ、怖がるな。皆の中の一人はさみしいが、本当の一人はもっと寂しいぞ」
うー、とイギリスは唸ったが仕方なしに頷いた。フランスは満足したのか、「もう醒めただろうから、飲め。うまいぞ」といってココアをさした。
甘い。カカオと、牛乳の味がする。だから、イギリスは、フランスに甘えることにした。
「なぁ。俺、スコーンと紅茶が食べたい」
フランスは、「イギリス菓子かよ」と少し嫌そうな顔をした。
「駄目か?作れないのか?」
「いや、作れねぇわけじゃないが。ちょっとな……。まぁいい。一緒に作るか。林檎のジャムも一緒にな」
イギリスの顔が、パッと明るくなった。
フランスはグシャグシャとイギリスの頭をなで回した。
その掌からは、石鹸の匂いがした。