ザ・ロックンロール・ガーデン
















 忌々しいことに最初に気がついたのは、イギリスだった。どこぞのパーティー会場で、俺と奴は、一瞬視線を交差させた。だから俺は、奴が気づいたことに、気がついた。けれども奴はすぐに視線をそらして、なかったことにした。礼は言わなかった。ただ俺は、襟元を正して、スペインの所に行った。
 ――その代り、お前の分も黙っておいてやる。
 奴と俺は、対して親しくもないが、その頃、奇妙な連帯があったのは確かだ。

 遠くで、ヴェストが俺を見ている。俺は、奴がそうしたように、それをないことにしている。国は国を支配することもあるだろう。人が人を支配することもあるだろう。だが、完全なものなんて何もないっていうのを多分、若いの達はわかっちゃいないんだ。

 どいつもこいつもホモでぺドでソドミーだ。まともな奴が一人もいねぇ。これが中世だったら、俺が聖騎士団の誇りでもってその首を跳ね上げてる。最悪だ。その点、個人としては幸せだよなぁ、スペイン?やぁ、そうでもないでぇ、と奴は笑う。あんまいい子ぶるんじゃねよ、お前だって、海賊だったろ。汚職だらけのカトリック。そうだ、あの頃はカンタレラの呪いの中で、息をしてたんだろう?
 そう思いながら俺は、奴らの輪の中で、いつものように悪ふざけをして、街で女の子にちょっかいを出す。フランスが、Hの抜けた妙に耳に残る声で女の子たちを口説いてる。
 俺の頭の中で、マリリンマンソンの酷い曲が鳴っている。重たいギターとドラムの不協和音。なぁ、アンチクライスト。誰が誰を救いに来るんだ?誰が誰に、救われたいんだ?

「兄さん」

 そう呼ぶ声が嫌いだ。好きだ。もう、いいじゃねえかヴェスト。俺は消えやしねぇよ。ちゃんとここにいるよ。伸びてくる手が嫌いだ。いや、違うな。なあ、イギリス。お前が俺を見抜いたのは、お前が俺と同じ穴の狢だからだろう?そう言ってくれよ。どうか、そう言ってくれよ。俺とお前の何が違ったんだ。お前は何を覚悟として引き受けたっつーんだ。俺は奴と、どこで間違えたんだ。なぁ。死にたくなるぜ、畜生。

「俺とあいつはもう兄弟でもない。地続きでもねぇからいざとなりゃ離れられる。けどお前とドイツは違うだろ」
「1990年までは物の見事な敵同士だったよ」

 イギリスは俺の言葉に、片眉を跳ね上げた。

「この世に味方なんぞいねえ。いると思うからヘマをするんだ、1700年代の俺みたいにな」
「違いねぇ」

 あんま酷いと、体ぶっ壊れるぞ、とイギリスはつづけていった。

「それは、経験者としての忠告か?」
「さて、な。首絞めたいと思われるようになったら相当だって、それだけの話だ」
「病んでるのは俺じゃない。お前がそうなのと同じように」

 イギリスは何も言わずにビールを飲んだ。その時、俺の頬には大きな止血帯が張られていた。イギリスの目は酷いクマが出来ていて、その日は二人して飲んだくれた。それから携帯電話に感謝した。じゃなきゃ、今日は帰らないってヴェストに連絡できなかったろうからな。
 笑っちまうのは、俺もイギリスも、この期に及んで自分が救われるなんてこれっぽっちも信じちゃいなかったことだ。俺は、奴に比べりゃ、はるかに信心深い。だから天に召します神に、今だって祈りを捧げる。
俺のためでなく、ヴェスト「お前」のために。そうだ、近親相姦疑惑のルクレツィアだって、きっと兄の罪を、父の罪を、許せと願っただろう。そうでなきゃ、やりきれねえだろう。

 なぁ、ヴェスト。お前は幸せか?
 俺を襲って幸せか。首を絞めて幸せか。犯して幸せか?
 俺はあんまり幸せじゃない。だから、俺は、お前もそんなに幸せじゃないと思うんだ。
 ボロボロにして、幸せか?俺にそうして好きだって、囁いて、幸せか?
 俺は、親じゃない。兄貴っていうのもおかしいだろう。
 でもな、お前の幸せはちゃんと願ってるんだ。
 本当に、願ってるんだ。

「お前らさぁ、弟と近親相姦して、楽しい?」
 フランスのしまらない口元に俺は苛々した。けど、こいつの、躁鬱気質も、中身の黒さも俺は嫌いじゃない。だから、蹴りの一つを代金に答えてやることにした。
「ああ、楽しいね。すっげぇ楽しいね」
 別段、奴はアメリカに嫉妬もしてなけりゃ、憎くもおもっちゃねぇだろうが、ただ、苛々しているのだけは手に取るようにわかった。別段、イギリスとフランスは恋なんざしてない。してないからこそ、面白いんだ。虫食いチーズみたいな匂いを放つ、愛憎は人によっては美味いと感じるもんだ。悪趣味だって?褒め言葉だな。
フランス、お前らは、対等な中で、支配したいだけだろう。その執着で、相手を殺すのは自分じゃなきゃ満足できないんだろう。そうして、納得したいんだろう?どっちにしろ、お前らは永遠に他人で特別だ。素敵な友情に乾杯!ってな。ああ、殺してやりてぇ。

 けど俺は。俺とヴェストは。
 首筋にのこる、あいつの指のあとが何時だって痛む。
 俺はあいつに支配されてるんだろう。でもそれじゃ、いつまでたっても寒いままだ。さてどこで子育てを間違った?
 だから、俺はまるでイギリスと、MutterやVaterのようにビール片手に自分のしでかした不始末をなげくのさ。
「こんなはずじゃなかった!」ってな。
 監禁したって幸せになれんかなれねぇぞ。指を切り落としたって無意味だぞ。タトゥーで名前でも彫るってか?そうして、お前は何が得られる?支配しようとしたって、どうやっても100%なんて手にはいんねぇぞ。なぁ、若人たちよ。もっと幸せに執着しろよ。

 散々、俺を責めておいて、終わったらヴェストは俺に気を使う。
「大丈夫か?」
 それは俺がお前に聞きたいぜ。お前、頭大丈夫か?
 
 俺はもはや声もでないし、指一本も動かしたくない。奴はただ漂白されたタオル、丁寧に俺の体を拭く。ああ気持ち悪い。誰よりもあなたを愛してる。俺よりも残酷な歌がよく歌えるな。そんな、優しい声で。最近じゃそろそろ腰が立たねえし、ベッドから抜け出られる日も少ない。もし、お前、万が一にも俺の消滅とやらが心配なら被虐趣味を披露せずに普通にしとけよ!その方が俺も幸せな思い出抱えて死ねるだろ。
 ああしかし、神よ、俺はどうして騎士でありながら罪深い?この腕が愛しいと思う自分がいるんだ。愛されて幸せだと思う馬鹿な自分がいるんだ。抵抗できないんだ。笑っちまうだろう?けど、時に嫉妬に狂う奴をみて、俺は悲しくて仕方がない。自慢じゃないが、独り楽しいつってんのに、お前どこの誰に嫉妬する必要があるんだ?どこで頭のネジを食い違えた?実はお前が毎日食ってるジャガイモは、枯葉剤を作った会社の遺伝子組み換え商品で頭がおかしくなる作用でもついてんのか?
 なら俺も、もっとおかしくなってるか。だよな。
 本当に残念なことに――悪いがヴェスト、俺はお前の狂気についてはいけないんだ。俺は相も変わらず、俺のままで全然おかしくなんざならねぇんだ。でもそんなのが、いつまでも続くか、いや続けられると思ってるのか?歌にもあるとおり、俺が、お前と同じように狂うなんて、そんなことはないんだ。ただ、抵抗が出来ないんだ。お前だと思うと、体が勝手に止まるんだ。
もしも、俺たちが持ってる腹の黒さの引き換えが、お前ら若人のその狂気だとしたら――こんな喜劇があるか!天国に行ってシェイクスピアを呼んで来い。一筆、舞台を書かせてやるぜ。
 
 願わくば――許されるならば、神よ。罪深いこの羊に慈悲を与えたまえ。
 もしそれが出来るなら、俺は磔にこの身を犠牲にしても構わない。
 どうか、俺の哀れな弟を救ってくれ。我が弟に幸あらんことを。

 月が太陽を侵食するだろう。天使が傷ついた羽根を広げて、苦い時間がやってくる。けど、そんなのが、永遠に、これから先、永遠に続くと、続けられると思ってるのか?


 骨が折れる音がする。戦士にとって痛みは友だ。けれどもこんな痛みは友じゃない。戦士の誇りじゃない。
 それでも、俺がもしも、己に対して一つに願いをするとするならば、
 お前が、俺の幸せを祈ってくれることを、祈っている。