パリに降るのは雪。暗くなった街角を曲がり、フランスは風にたなびくコートの裾を抑える。ロシアはもっと寒かったと思えばましかと考えても、それでもやはり寒かった。耳がしもやけにならないかと心配しながら雪の道を行く。冬のパリも綺麗だ。シャンゼリゼ通りを通って、少し、感傷的な気分でド・ゴール広場へと向かった。待ち合わせだった。
 時計を見やると、時刻は午後6時を回っていた。彼はもう来ているかもしれない。革ブーツ越しで感じる氷の冷たさに、滑らないように気をつけながらも急いで歩く。通りを抜けて、ド・ゴール広場に着くと、凱旋門を背にして、真っ黒いトレンチコートを着て、赤と緑のチェック柄のマフラーを巻いたイギリスは寒そうに立っているのが見えた。彼の方に向かって手を挙げて、駆け寄り、ハグとフランス式にビズを交わした。
「待ったか?」
「いや、せいぜい一〇分くらい」
 二人は黙って、道を歩いた。フランスの自宅までに行く途中で、閉店間際の酒屋に入り、ワインを買い込んだ。それを、二人で手分けして持つ。
 あまり、会話をしないまま、フランスの玄関の前までついた。手袋越しでもかじかむ手をさすり、鍵を開けて中に入る。ドアを閉めると、イギリスが、荷物を抱えたまま、フランスの腕をひっぱり、キスをした。
「ぼっちゃん煙草の味がする」
「お前も」
「最近面倒が多くてね」
 荷物を下ろすと、二人で食事の準備をする。イギリスは、フランスに料理をすることが許されていなかったので、食器を用意し、テーブルをセットする。その間に、フランスはコンソメスープを温め、魚を焼く。このスープは4時間かけて作ったんだ、とフランスが誇らしげに言うと、イギリスは呆れた顔をした。
 食事中は、他愛のない会話を交わす。スープや、ソテーした魚からでる湯気が乾燥した部屋を温めた。そこにワインを流し込むと、おのずと口は饒舌になる。
「あの時のスペインの顔って言ったらなかったね」
「負けた奴を食べるのがお前流だからな。お前のそういう腹黒い所嫌いじゃねぇぜ」
「こんな天使みたいなお兄さん捕まえてお前酷いこと言うね」
食べ終わるとソファに並んで映画をみる。夜がもっと更け、雪の降る音も聞こえない頃になるとベッドに入る。慣れた手順で体を交わす。髪の毛のにおい。手ひらの感触。微かに漏れる光の温かさ。相手がそこにいることを確認する。フランスが、「俺のこと好き?」と聞くと、イギリスは「お前女々しいな」と笑った。イギリスは返事の代わりに、体をすりよせた。フランスは、「だったら俺も言わねぇ」とにやりとした。
翌日は、昨日とうってかわって穏やかな陽気だった。二人は、しばらくベッドの中でだらだら過ごすと、簡単なブランチを取って外へと出かけた。散歩が好きなイギリスは、周辺を歩くだけでも満足だったようだが、フランスが「久しぶりにルーブル美術館に行きたい」と言うと渋い顔をした。「なんで美術館に行くのに金はらわなきゃらなねぇんだ」というのが彼の言い分だった。しかし、それでも彼はフランスの提案を了承した。
フランスが誇る観光地の一つでもあるそこは、休日と言うこともあいまって混んでいた。人の波をかき分けながら、二人はゆっくりと、黙って絵を鑑賞する。その一枚、一枚が、彼等にとっては生々しい歴史であり、記憶だった。
日が少し傾くと、イギリスはもう帰らなくてはいけなくなる。フランスは、彼をパリ駅まで送り、会った時と同じように、ハグとビスをして別れた。
乾いた風の吹く道をフランスは途中でストライキに会いませんようにと願いながら、一人で歩く。太陽がパリを照していた。ショーウィンドウがその光を反射するのに、目を細め。雪はもう跡形もない。着た道を戻りながら、寒くなってきて手をこすりながら歩く。
家に戻り、誰もいないリヴィングの灯りをつける。暖房をつけようとして、リモコンを探していてフランスは気づいた。
あいつマフラー忘れてやがる。
ソファに掛けられたままのそれをフランスは手に取った。カシミアの手触りは軟かく滑らかだ。
「あの忘れ物帝王が」
 送るべきか、それとも次に会った時に渡そうか迷った。フランスは、ポケットから携帯電話を取り出して、カメラ機能でそのマフラーを撮影した。それからメールにその写真を添付する。
『貰うぞ』
 送信ボタンを押してから、急にフランスは寂しいと感じた。マフラーに顔を埋めて、「馬鹿野郎」と呟いた。まだ、暖房がついていない部屋で、フランスは本の少しだけ、そうしていた。