ヒーローズ 液晶に映るドラマの色彩はブルーグレイで、見ていると段々、胃が痛くなってくる。俺は決して、そのドラマが嫌いじゃなかったし、ストーリーもキャラクターも好きだったけれど、見ていると、彼と俺って言うのはやっぱり考え方とか、感性って違うんだなーと思う。好きなものが一緒でも、なんでそれが好きなのかとかの違いは、結構その人が本当の姿って言うのかな、心の「ひだ」みたいなのを表すと思うんだ。 イギリスは頭痛がするとか言っていたくせに(どうせ夜中エロ動画を漁ってんだろう?)ウォッカをストレート飲んでいる。つまみは俺が選んだデリバリーのピザで、この味はNYと大して変わらない。 「……何も考えずに見れるのにすりゃよかった」 眉間に縦皺をよせながらそう言うから、俺は肩をすくめた。彼だってアメリカのドラマは嫌いじゃないらしい。でも今は、俺は、スリルを楽しみたいんだよ。俺だってたまには憂鬱にひたりたいときだってある。とくに最近の俺は嫌われ者だから。それでも次の日顔を上げて出勤できれば万事順調、オーライさ。 「セックスアンドシティでもレンタルしに行く?」 「Lの世界の方が好みだな」 「……君の性癖は鬱屈してるよ」 フランスほどじゃねぇよ、とイギリスは又グラスにウォッカをそそぐ。そうかな、オープンエロって意味ではそんなに変わらないんじゃないかな。 TVの画面では、初めて人を殺した特殊部隊の隊員が、フラッシュバックとゲロにうなされている。善良じゃない一般市民の生活は、やっぱり善良じゃない何かの上で成り立っている。安い冷凍食品は、他のどこかの法外な低賃金の労働でなりたっていて、それがイギリスが作りだした資本主義と言うものだ。わかっていても、飼ってしまうし、食べすぎだとわかっていてもカロリーオーバーのピザとバーガーを幾つも頼んで、俺は腹に入れる。でも、それでも矛盾してても顔を上げなきゃいけないんだ、と思う。 「相変わらず君んちのドラマのヒーローはくらいねぇ」 「おまえんちのヒーローだって別に明るくはないだろう、アンブレイカブルとか」 それもそうだけど。 スーパーマンの伝説は悲劇で終わってしまったし、愚か者クラブに仲間入りする人間は日に日に増している。世紀末もとうに過ぎたのに、絶望にた、けれどもっとチープなものが、どんどん空を覆っていく。だからこそ、何度何度もブラウン管に、文字に、スクリーンに、音楽に、ヒーロー達がつくられていく。時に何も考えないために。時に救いを求めて。時に憂鬱に浸るために。時に怒りに同調するために。 人が面白いのは、楽しみや悦びだけに癒されるわけじゃないからだ。時に怒りや、悲しみこそが人を癒し納得させて、足を踏み出す力になる。 「でも俺は現実のヒーローを一杯知ってるよ」 「俺だって知ってるよ」 「皆かっこよかった?」 「さて、かっこいい奴もいれば、そうじゃない、猫背の男もいたな。不細工だったけど頭が良すぎて度肝を抜かれるような女もいた」 「普通の人は?」 俺はゆったりとわらった。ブラウン管では爆発がおきて、人々が泣いている。 「ああ」 イギリスの眼は眠気の酒でとろんとしている。 「いたよ」 彼らはスーパーヒーローなんかじゃない。でも確かにヒーローだ。きっと隣でこめかみを押さえている誰かさんと同じように。 顔色の悪い彼に俺はぽつりといった。俺は24が見たかったんだ、っていうけど気にしない。まぁ君がスーパーヒーローを求めてるっていうその状況はなかなか皮肉でおいしいけどね。でも、これを見てたらわかるよ。いろんな人が死んで行って、勿論死んでも地球は回るから、次々に交代要員が入って来る。 「君にスーパーヒーローは必要ないんだね」 「スーパーヒーローがいる時点で、物事の解決になってないだろうが」 そんなことはきいてない。 そこの硬いピザをかみながら思ったけどいってはあげない。 「日々をひとつひとつ大切に重ねていくって?」 「重ねてられるほど根性が据わってねぇから今俺はこうなってるんだろうが」 イギリスは片側の頬だけを歪めた。 「けどリアリティがあっていいだろ。お前んちのヒーローだってだいたい、普段の生活じゃただのヘタレじゃねぇか」 まぁ確かに。 ヘタレでもヒーローがいなくても、彼女に振られても、単位を落としても、仕事で失敗しても、いっそ頭を掻き毟って自分の情けなさに狂い死にしたくなるような夜でも。 「まぁなんとか生き伸びるために、娯楽はあるんだよね」 イギリスは眼を丸くした。何か大事なことをいいかけて――結局やめた見たいだった。代わりに、「違うぜ、世界の経済を活発にするためだよ」と彼らしいことを言った。 「悪い、やっぱ頭いてぇ、俺は先に寝る。見たかったらそのまま見ててもいいぜ、片づけだけしとけよ」 「うん、続きが気になるからこのまま見てる。おやすみなさい」 「おやすみ」 君の心のひだに、おやすみなさい。 |