寒い。アメリカはひとり呟いた。寒いのは嫌いだった。
冬はやはりカルフォルニアで過ごすに限る。雪が降らないけれど、それでもいい。クリスマスが過ぎたら即カルフォルニアへ!そうでなければオーストラリアにでも旅行に行くべきだ。
うすらぼんやりした頭で、目を開ける。目の前で人が眠っている。イギリスが縮こまって眠っていた。鼻にかかる息が酒臭い。あれだけ飲んだのに、ベッドで寝る頭が残っていたらしい。二日酔いにならなかったのは幸いだ。寝ている間に二人分の体温が暑くてかけ布団を自分がはねのけてしまったからだだったようだ。アメリカは、まだぼんやりした頭のまま、体温を求めて再び布団をお互いにかけあい、それから体を寄せる。彼はまだ意識を起こしてはいない。そばによると自分の服にしみついた分もあって、余計にアルコールの匂いがきつくなったが、あまりそれは気にしなかった。
昨日はあとフランスと、日本と、他にも誰かいた気がしたがアメリカはすぐには思い出せなかった。半目になりかけながら考える。眠いのだが、どうにも眠れない。確か日本は早々にダウンしてさっさと客室に行ってしまった。それからフランスとイギリスと、アメリカ、あと誰だ、そうだカナダだ、が残って馬鹿みたいに騒いで飲んでお開きになって寝たんだった。
あ、今、フランスとカナダが一緒のベッドに寝てるのか。ご愁傷様、カナダ。君の操が無事であることを祈るよ。随分なことを思いながら、少しだけアメリカは微笑ましい気分になった。
眼の前のイギリスは軽くいびきをかきながら眠っている。そうだ、いつだって彼は一緒にいるときは俺よりもよく眠っていたのだ。そもそも、彼が俺に会いに来るときは寝不足の時が多かったから――睡眠時間を削ってやってくる――癇性で、常に神経を張り詰めているのが、俺にあって急激に安らいで眠ってしまったのだろう。小さかった頃は、彼が遠くからやってくるのが嬉しくて興奮してむしろ眠れなくなるのはアメリカの方だった。無防備で、むしろだらしのないといって差し支えないような顔で眠っていた。今も無防備であることには変わりないが、嫌な夢でも見ているのか、彼の眉間に皺が寄っている。アメリカはその眉間に無表情なまま触れた。そういえば、昔も一緒に眠っている彼の髪をそっと触ったり、頬をすりよせたり、額にキスしたりしたなぁと思いだす。それからそっと手を握ってみたり、腕に抱きついてみたりとか。いつも、途中で熱くなって離すのだけれど、それでもまたひっつきたくなって、くっつくのを繰り返した。おかげで彼が来ると、最初の日はいつも寝不足だった。
ただ、今は、彼は酒の力で眠っている。起きたらフランスと一緒に二日酔いの頭を抱えてトイレに駆け込むに違いない。だいたい、いつも飲み勝負をするのだ。アホだ。
半目からだいぶ覚醒したアメリカは、右手の指先でイギリスの頬をなでた。確か、イギリスがもう寝る、といって部屋に行き、ベッドに倒れこんでいるところを、そっとドアを開けてから、いきなり酔った勢いでドーン!とその上にのしかかったのだ。「重い!」と言われながらそのまま眠ってしまった気がする。思い出して、苛々すると同時になぜか安心した。
俺は眠っている時のこの人が一番好きなんだ、と薄く笑った。何故ってこうしている時のこの人は、何も取りつくろうことがない。寝汚いのもいい。ただ、こうして自分が起きてからも昏々と眠られると、どうにも笑いをこらえることができない。昔、よく彼がしたように髪の毛をとく。昔、彼がアメリカにした仕草のほとんどが、彼が誰かにして欲しかったものだということをアメリカは知っている。それでもいいと今この瞬間は思う。
ん、と彼が声をもらした。もぞっと、イギリスが動きだす。寝ているこの人をもう少し、そう思ったが彼の眼がうっすら開かれた。北欧の血がまじった翠の瞳。彼はまだ意識が完全に起きていないのか金の睫毛を揺らしながら何事か意味のない言葉をつぶやいた。
「もう少し寝てなよ」
彼は小さく首を振ると、緩慢な動作でアメリカの首に腕を巻きつける昔の自分にやるようにキスをしてきた。これは完全に寝ぼけてるなぁと思いながら、アメリカは甘んじてそのキスを受ける。顔にかかる息が臭い。苛々する。しばらくして、イギリスは満足したのか、うっすらと笑い、それからまた目をつぶって丸まると自らアメリカに体を寄せてまたそのまま眠ってしまった。そうすると不思議なことにアメリカもまた、眠くなってきた。二日酔いではないだけで、体か酒が抜けたわけではなかったのだ。
しょうがないと思いながら、やんわりと彼の体に腕を回した。汗のにおいがする。スーツはもうクシャクシャだ。そういえば、ネクタイはどこにやったんだろう。思えばあの頃から随分遠くへ来てしまった。
彼は眠っている。彼が腕の中にあるのにほっとする。けれど胃からあがる息は苦い。すこしだけ胸やけをしている。
イギリスはアメリカの胸に顔を擦り付けるようにして眠っていた。アメリカはそれを見て頭が回らないまま額に、それから体をずらして頬に、瞼に、肩にキスをした。
体温が暑いのか、無意識で離れそうになるイギリスを衝動的に抱きしめた。なぜか泣きたい気分になる。昨日のフランスとイギリスの飲み勝負をどこか遠くに思い出す。日本も一気飲みの文化がある。カナダも一緒にと3人ではやし立てた。
昔、いつか俺たちもフランスみたいにイギリスと一緒に酒を飲むんだ!とカナダと一緒に笑ったことがある。随分、そのころから遠くに来てしまった。
そうだ。
でも、神様、どうかこの瞬間だけは。