会議の休憩時間の話だ。天気は晴れ。窓からさす光は眩しい。外は、やたら賑やかな声が響いている。欧州組がサッカーをしているらしい。日本が「あれはフットサルですよ」と言ったが俺にはよくわからない。野球と、バスケットボールと、それからフットボールの方が好きなんだ。勿論、この場合のフットボールは、イギリスのフットボール、サッカーのことじゃなくて、アメフトのことだよ!
 俺は少し、不機嫌になりながらコーヒーを片手に、彼らが声をあげて試合をする様子を眺めてる。ドイツがキーパーなのは納得だな。あのいかつい顔なら、イタリア兄弟はビビッてシュートが決められないだろう、とそう思ったが案外すばっしこく彼らは動いている。イギリスとフランスは同じチームらしい。となると、これはきっとクジでチームを決めたな。
 試合終了の笛が鳴る。イギリスのチームが勝ったらしく、彼らがハイタッチを交わす。面白くもない。汗を拭きながら、彼らはベンチに戻る。戻って、欧州の高慢チキじいさんは、勝ったからかしらないけどハグをして、それから両頬をする挨拶を交わした。

 あ、さりげなくキスまでしやがった。

 プッツン、と音をたてて俺の中で何かが切れた。日本が眉を寄せてるけど知らないよ。

「イギリス、フランス!」
 下に向かって叫ぶと、二人一緒に振り向いた。
「なんだ?お前もまじるのかアメリカ!」
 フランスが検討違いのことに、声を張り上げる。でもそしたら、堂々と君たちをぶちのめせるかもね。
「ごめん、声が届かないからもっと寄ってきてくれよ」
 怪訝に思いながら彼らが寄ってくる。うん、いい位置だ。それにしても何で腰に手が回ってるのかな。
 イギリスはその手を避けようともせず仲良く寄り添って「なんだ!」と叫んだ。うん、そうだよね。君たちはそういう奴だ。
 彼らには見えないだろうけど、俺はたぶん、少しだけ笑って――。
 コーヒーカップをひっくり返した。うん、やっぱりいい位置だったね。

 俺はそのまま窓に背を向けて歩き出す。「おい、てめぇアメリカ!」という声が聞こえるけどそんなのは知らない。
「すみません!」
 日本が珍しく大声に出すのに、俺は振り返った。
「君が謝る必要はないだろう」
 窓からはやっぱり、オッサン達が騒いでいる。その声に、コーヒーを被った時のあの顔を頭に浮かんだ。日本を置いて、俺はそのまま部屋から出て行った。


* * *



「悪かったってば!」
 ラウンジで俺がドーナツを食べる横で、日本は俺に滔々と説教をしている。俺はそれに半分うんざりし、自分の衝動的な行動を少し反省した。

「でも正直、後悔はしてないぞ」
「アメリカさん」
「でも、君が気にかけることはないだろう?大丈夫、イギリスもフランスも日本には怒らないよ」
「それはそうですが……だからって食べ物を粗末にするようなことはしてはいけません」
「そっちなのかい?!」

 気が抜けかけたコーラを喉に流し込む。あの二人に遭遇する前に、さっさと残りのドーナツを平らげて帰ったほうがいいか思案していたら、今度は背後から声がした。
「アメリカ」
「なんだいゴールキーパー」
 振り返った先にいたのは、未だスウェットを着たままのドイツだった。手袋を外しながら、彼は俺に近づいてきた。来るぞ、また説教が。

「さっきのは何なんだ!おかげでこっちは宥めるのに苦労したんだぞ」
「別に君がなだめる必要はなかっただろう?ほっとけばいいじゃないか。どうせいつも騒いでるんだからあのホモのオッサン達は」

 腰に手を当て、仁王立ちしながらドイツは、しかし、と続けるのに、ああもうわかったってば!と俺は降参した。
「二人には後で謝るよ。それでいいだろう?」

 長くなりそうな説教は嫌いだ。場を支配するのは何時だって俺でいたい。アメリカさん、唇が「あひる」になってますよと、日本はいうけどこれがならずにいられるかい!けど、ドイツはそんな俺の心を知ってか知らずか、「ならいい」と言った。俺は、話題を変えたくて、もうサッカーは終わったの?と聞いた。

「お前のせいで続行不可能になったからな。あの二人は今シャワーを浴びて着替えてる頃だ」
「そうかい。じゃぁ狭いロッカールムでKnee trembler(英俗語で立位で行われる短い性交渉のこと)とでも『しゃれこんでる』かもねあのゲイは。まさかイギリスが女もどきだとは俺もしなかったよ」
 コンマ2秒、でドイツが、「アメリカァ!」と怒鳴った。日本は目線をそらしてどこか宙を見ている。俺は軽く耳をふさいだ。結構な迫力に、なるほどこれは「イタリアァ」と怒鳴られていつもイタリアがビビるはずだ、と思った。もっとも、イギリスとフランスが付き合ったと聞いた時以上の衝撃なんて、もう俺にあり得るはずはなかった。

「同性愛をそう毛嫌いしてはいけない。彼らもまた男女が寄り添うのと同じように寄り添う権利がある。別れ際にキスをしようとも、手をつないで歩こうとも石を投げてはならない。同じようにコーヒーをかけてもならん!」
 俺は酷く暗い気分になって、ドイツに言った。

「じゃぁ聞くけど――。もしも、君の兄貴分の、プロイセンとオーストリアがホモの恋人関係になったらどうする君?毎日、手をつないで外を歩いて、君の目の前で恋人のキスをする。腰に手をまわして寄り添って、ジョークをいい合うんだ。それは、こうして、今日みたいに世界会議の日でもどこなく、俺たちは恋人だってオーラを出して、休憩時間になると、軽く、確かに男女だったら問題なかっただろうという程度のキスを交わす――。もう一度聞くよ、ドイツ、君ならどうする?」
「ビールをふっかけるかもしれないな」

 日本がため息をつきながら、俺のドーナツに手をのばした。
「わかってもらえてうれしいよ。今の君たちの気持ちが、俺の彼らへの気持ちさ。コーヒーは悪かったにしても、複雑なんだよ」
 ドイツが俺の前に座った。いい機会だから、おれは前から知りたかったことを聞くことにした。

「イギリスとフランスは、欧州ではどういう扱いになってるのかな」
「祝福されてるとは言わないが、だからといって何か言う奴もいないな。二人の関係が良好ならそれにこしたことはない」
「それはEUとして、ですか?」

 日本の質問に、ドイツは首を振った。
「日本のことわざを借りるなら、触らぬ神に祟りはないという奴だ。オーストリアは、性質の悪いジョークだと未だに思っているみたいだが」
「素的なユーモアセンスだよ」
 ドイツもまたドーナツに手を伸ばし始めた。

「ちょっと君たち!俺の取らないでくれよ!」
「ひとつくらい分けろ。迷惑料だ」
 チェ、と俺は舌打ちをした。
「あまりにもすっきりなさらないようでしたら、直接、イギリスさんとフランスさんに一度お話をしてみては」
 日本はウーロン茶をすする。そんな味のしないものの、なにが美味しいんだろう。

「話したことがないわけじゃないんだ。それでもスッキリしなかった。カナダとも離したんだけど、他の人だったら平気なんだよ。世間の荒波に負けずに頑張って、って祝福すればいい」
「そんなものですか」
「そんなものだよ」

 二人が聞いてくれるのをいいことに俺は話を続けた。

「フランスは、俺は彼がイギリスを獲ったから嫉妬してると思ってる。イギリスは単純に俺が、同性愛そのものを怖がってると思ってる。話しあったところで、進展性はなさそうだから、俺はこうして愚痴をいうんだよ」
「お前の言い分はわかった。けどジャージのクリーニング代はお前に回してやる」

 そういってスーツ姿で現れたフランスはドイツの横に座った。ドーナツに目をやって、「お前また太るぞ」と失礼な事を言う。

「まぁお兄さんも、あいつも、お前に認められようとか思ってないからいいんだけどね」
「知ってるよ。まぁコーヒーのことは御免。君の恋人はどこに行ったの?」
「腰が立たなくてね……悪い、今のは冗談だ。ドイツまでそう怖い顔すんなよ。日本もひかなくたっていいじゃないか。あいつはホテルに帰ったよ。アメリカ、あいつ相当お冠だぞ」
「謝っておくよ」

 フランスは、笑みとも無表情ともとれる曖昧な表情を浮かべた。足を組み直して、真っ直ぐ俺の顔を見た。

「認めろとはいねぇ。けど祝福しろよ」
「矛盾してるよおっさん」
「おっさ……!!まぁいい。いつかで構わん。でもお互いその方が幸せだ。誰だって幸せになりたいだろう?」
「なるほどね。ちなみにカナダが「気を使ってほしいよね」って俺に愚痴言ったの知ってる?」
「……それは少しショックだな」

 フランスは頭を掻いた。

「でも、腰に手をまわして歩く権利くらいはそれでもあるだろう?」
「俺に君たちを認めない権利もあるよ。クリーニング代は考えておく。それじゃ駄目かい?」
「それは考えるな、払え」

 しばらく嫌な沈黙が流れた。日本が、無理矢理ウーロン茶をすする間抜けな音だけが響く。ドイツが、ドーナツの最後の一欠けらを口に運ぶ。俺は、ドイツが、もう一つドーナツを食べてしまうんじゃないかってことを心配しながら、その沈黙を破った。

「君たちの幸福を願いはしないけど、不幸も願ったりはしないよ」
 フランスは、少し目を見開いて、それから今度ははっきりと笑った。
「よし、じゃぁ今はそれでいいってことにしよう。お兄さんもじゃぁお前の不幸は願わないでおいてやる。イギリスの分は補償しないがな。呪われないように気をつけろよ」
「君もね。『ユニコーンが見てる』とか幻覚の話をしだして、普段、実はあんまりイギリスとスキンシップとれてないんじゃないの?」
 からかっただけのつもりなのに、フランスは顔をゆがめた。
「え、何、マジなのかい?」
「その辺はお前の想像に任せるよ。畜生、やなこと思い出しちまったじゃねぇか!」

 聞かない方が俺は幸せになれそうだったので、俺は何も言わなかった。

「じゃぁな。金も請求したことだし俺は帰る。ホテルで恋人が待ってるんでね」
「一応、イギリスにも謝っといてくれる?」
「それはお前がやれ」

 そう言ってフランスは俺の目の前に手をのばした。一口かじって、クソ甘めえな、と文句を言った。

「俺のドーナツ!」
「いいだろひとつくらい。お前が痩せる手伝いをしてやってるんだ。どうせクリーニング代払う気なんざねぇんだろ?これで、まけてやるよ」
 そういってフランスはもう一つ、ドーナツも奪って去っていた。俺が君を呪いそうだよ、フランス。
 フランスが見えなくなってから、それまでずっと黙っていた日本が言った。

「飲みに行きますか、アメリカさん」
「いい考えだ!そうしたいね」
「近くにビールがうまい店を知ってるぞ」
「ありがとうドイツ。ちなみに誰のおごりだい?」

 ドイツの怒声を聞きながら、俺はとられたドーナツの分、ビール飲みながらピザを食べてやると俺は心に決めた。